ウェーズロウス・ファンタジア


 


099:「光あれ」 ―――――
 街中で助けた少女を養女にする、と言ったとき、夫は反対もしなければ賛成もしなかった。ただほんのわずかに首を傾げて、彼女に理由を問う。
 やせっぽちの、これといって見るところのない少女だった。体をすみずみまで洗ってこざっぱりとはしたが、それでもまだみっともないという言葉の付きまとう貧弱な体をしている。それに加えて本人が怯えたような、卑屈な表情をいつでも浮かべているものだから、愛らしいとも思えない――それは、彼女もそう思う。
 けれど、自分の娘としていとおしさを表すことを怠らなければ、少女はきっと見違えるように美しくなるだろう、というのが彼女の確信であり、自信だった。外からの、ありとあらゆる種類の暴力に痛めつけられて、少女はすっかり弱りきっているが、中身は繊細で優しいということが見てとれる。
 夫はわからないのかもしれない。けれど彼女にはわかる。女の視点で見てみると、少女が顔立ちは凡庸でも神秘的な黒い瞳がたまらないくらいに魅力的で、大人の暴力に怯えずに笑うようになれば人目をひかずにはいられなくなるだろうことが理解できる。もっと若かったらその瞳に嫉妬していただろうと彼女は思った。
「おかあさん、って呼んでみて? 嫌じゃなかったら、でいいから」
 ウェーズロウスで随一の剣の使い手で、年に一度の闘技会の賞金だけでらくらくと家族の生活費をまかなってしまうという夫は、立派な体格のせいで少女が怯えるために追い出した。夫と二人のものである寝台の中で少女を腕に引き寄せ、彼女は息子相手には出した記憶のない、せいいっぱい優しい声で少女に話し掛けた。
「いやじゃ……ない、けど」
「けど?」
 不安げな表情で少女は言う。
「あなたは……いやかもしれない」
「まさか。何を言うのよ」
 彼女は少女を抱く腕に力を込めて、冷えた指先を上掛けの中で摩ってやった。怯えている心をどうすれば開くことができるのか、それはまだわからなかったが、体力がないためになかなか体温があがらない体くらいはすぐに健康にしてやりたい。
「あなたのことが嫌いだったら、引き取ってうちの子にしようだなんて思わないわ。私、あなたが好きよ。うちの人も、息子も、そう思ってくれてるわ。あなたは今日から私の子よ。あの、さっき少しだけ顔を見せた男の子と同じように振舞ってかまわないのよ。私はあなたのおかあさんになりたいんだから、あなたにそう呼ばれて嫌なわけはないわ」
「うん……それじゃあ、明日は」
 明日になったらそう呼べるようにする、と言う少女に、彼女は満足感を覚えてうっすらと笑った。
「それでいいのよ。……それじゃあ、今日はもう疲れただろうから寝ましょう」
「あの……ここで寝るの? あなたの、旦那様は?」
「今日は特別よ。ううん、今日だけじゃないわ。あなたがあの人をおとうさんって呼んで、私が産んだ息子をおにいさんって呼べるようになるまで、ずっと一緒」
 彼女がそう言うと、少女は本当に、安心しきった――とまではいかないものの、とても嬉しそうな表情で笑った。細められた黒い瞳に、視線が吸い寄せられる。
(どうして、こんなにもこの子が好きなんだろう)
 目を閉じて眠りの体勢に入った少女を見つめながら、彼女は思った。
(私はこの子の光になりたい。この子のこれからの人生が、最高の夫に恵まれた私のように幸せであってほしいんだわ)
 だいぶ体温の上がってきた細い体を抱きしめて、彼女もまた目を閉じた。
――光あれ。
 短い言葉が、頭の中を浮いては沈み――そして彼女は、眠りに就いた。

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