ウェーズロウス・ファンタジア


 


087:盗賊と城 ―――――
 愛すべき彼女の友人自身はまったく気づいていないことだが、友人にはウェーズロウスもずばぬけた大物たちが信奉者についている。ひとりはほかならぬ友人の父親、ウェーズロウスの王である人。そしてもうひとりが、友人の腹違いの弟だ。
 王のことは彼女もよく知っているが、友人が言うほどろくでなしだとは思わない。確かに、正妻でないのは友人の母君のほうだから、友人が冷たい世間の風を誤解して父を恨むようになってしまっても仕方がない。
 けれど彼女は、王も、その嫡男のことも嫌いではなかった。友人には裏切り者と言われるかもしれないが、ふたりとも決して悪い人間ではない。かたくなになってしまった友人にかえりみられようとして、少しばかりはめをはずしてしまっただけだ。
 王と王子はウェーズロウス王家でも異質な存在である姫に気に入られようと、こっけいなほどの努力を重ねていた。どこかで道を間違ってしまったことにようやく気づいたから、山のような贈り物と言葉とで友人を懐柔していたのだ。もちろんその努力は傍から見ていて退屈を感じさせないものであるため、彼女にとっては楽しいひとときだったのだが。
「――あなた、私の友人から手をお離し」
 まあ要するにその膨大な贈り物が彼女にとって何の役に立つかというと。
「言ったろう、金目のものと交換だ」
 今現在、友人の住む塔に忍び入った賊に後ろから拘束されている彼女の、身代金になるだろうと推測される。
「どれでも持っていきなさいよ、どうせ私には必要のないものよ。ただし、私の持っている宝飾品の中には、換金が難しいものが多数あるわ」
「そりゃどういうことだ?」
「たとえば、あなたが戦利品を持ってここから出て行ったとする。おそらく、彼女を連れて行くのでしょうね。人を呼んだら彼女は殺されるのだわ。そして王城から離れた――もしかしたらウェーズロウスから出てしまうのかもしれないけれど、とにかくしばらくしたら彼女を解放する。そしてあなたは、どこか私には考えもつかない場所で盗品を売りさばく。そのとき、南のオアシスを含む大陸一帯に『ウェーズロウスの王女の塔に賊が入った』と通達されていたら?」
「――王家の紋章か」
 彼女は親友が人質にとられているのに悠然とした表情で話をすすめる王女――無事にこの男から解放されたら、盛大に文句を言ってやろうと思う――と、自分の首と腰に巻きついた逞しい腕の持ち主との声に慎重に耳を傾けた。多分、今自分は相当間の抜けた顔で親友を見つめているのだろう。けれど友人はこちらを見ない。
「ええ、そうよ。だから、あなたが盗っていって支障のないものは両手でつかめるくらいではないかしら」
「ねえ、でも」
 少し甘えたような、高い声で彼女は言った。友人はやっと彼女を見る。実のところ、彼女は友人の低い落ち着いた声とは対照的な自分の声があまり好きではなかった。頭のからっぽなお嬢様に見えてしまうらしいのだ。
「仲間がいれば別だけど、もともとそんなにたくさんは持てないんじゃないかしら? 数は少なくても、あなたが持っているものなら高価だし……」
「そうね、でもあなた」
 友人に睨まれた。
「少しの間黙っていなさいよ」
「まったく、これだからお姫様育ちは緊張感がなくて困る」
 男が言う対象がひとりだけであるような気がするのは気のせいだろうか。
「私に緊張感がないのは、あなたが私の友人に危害を加えないという前提あってのことよ。さ、今宝石箱を持ってくるわ。できれば手伝って欲しいのだけれど」


「ねえ、どうしてこんなにいっぱいお金が欲しいの?」
 彼女は男の背中におぶわれた格好で問う。男はどうやら、彼女に見えないところで笑ったようだった。
「あんたにはわからない、深い理由があるのさ」
「だって、お金ってそんなにたくさんあってもいいものじゃないでしょう? これひとつあれば、あなたが生活するには困らないはずよ」
「自分で考えてみな、多分わからないだろうが」
「どうして? 確かに、さっぱりわからないけれど……あなたも、私のこと頭のからっぽな女だと思ったの?」
 なぜか周りの男たちには必ず言われてしまうその言葉。そのたびに彼女がどんなに悲しい思いをしてきたか、わかってくれたのはあの友人だけだった。なぜなら、ほかの友人たちは皆彼女以上に何も考えていないのではないかと思われる娘ばかりだったから。
「そうは思ってない。ただ、あんたにはどうしてもわからない仕組みが世の中にはあるんだ」
「仕組みっていうのは、理解の根底にあるものでしょう?」
 彼女は男の背中の上で首を傾げた。
「仕組みがわかれば解けるからくりはたくさんあるわ。仕組みそのものがわからないなんて、お手上げじゃないの」
 男は何も答えず、しばらく進んだ木立で彼女を下ろした。足元の地面が湿っている。ここからひとりで帰らなければならないのだろうか。
「じゃあ、悪いがここから城まで自分で帰ってくれ」
「ここがどこか、わからないわ」
「……向こうのほうへ少し行けば、大通りに出るはずだ。あとは少々おかしいとは思われるだろうが辻馬車でも拾え」
「ええ」
 彼女はおとなしく頷き、目を細めて男が指さしたほうを見つめた。
 自分はおそらく、とても模範的な人質だったと思う。暴れもしなかったし、少し迷惑はかけたけれどとてもおとなしかった。
「平気だと思うわ。おぶってくれてありがとう。重かったでしょう?」
「ああ、すごく」
「ごめんなさい。このドレス、私がこのまえ作った中でも特に重いのよ」
 きっと真珠と刺繍がたくさんついているせいね――と呟くと、男は身体を折り曲げて爆笑した。
「どうしたの? 何かおもしろいものが落ちていたの?」
「そんなんじゃねえよ――ちょっと、あんた」
 彼女は笑い転げる男に近づいた。
 唐突に、口づけられる。
 呆然と男を見つめる彼女の首から、男はまたひとつ戦利品を取った。
「また会えるといいな。それじゃあ」
 闇の中に男の後ろ姿が消えていく。
 それを眺めながら、彼女は頬に手を当ててささやいた。
「確かに私はウェーズロウスでいちばんお金持ちの娘だけど」
 彼女の両親は昨年、相次いで他界した。したがって、膨大な財産はすべて義理の兄弟すらいない彼女に残されたのだが。
「私のキスには、何の価値もないのよ……」

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