ウェーズロウス・ファンタジア


 


065:亡国の騎士 ―――――
 父王は最近、西のファラディからやってきた騎士がお気に入りだ。
 いや――男は正確には騎士ではない。彼の身分を保証していたファラディは半年前に滅んだ。ファラディの王子の乳兄弟であり、王の信頼も篤かったその男は、王子の幼い娘を連れてウェーズロウスへ亡命してきたのだ。
 ファラディの王と王子が重宝していただけあって、男は武術に秀でているかと思えば驚くほど聡明な一面も持っていた。それにくわえてがっしりとした体躯と甘く整った顔立ちをしているとなれば、非の打ちどころがないといっていい。
 父もすっかりこの男が気に入ったようすだったが、彼は違った。むしろ自分のなわばりを侵す者を退けるかのように、男を目の敵にしていた。
 今はゆくえが知れないファラディ王の孫娘はまだ三つだったが、彼の義姉によく懐いているようで、姉姫の住む塔に部屋をあてがわれていた。義姉は自分と顔をあわせることを嫌っているから、彼でさえめったに足を踏み入れることがない塔だ。
 しかしそこに、あの騎士はためらいもせず登っていく。
 男は幼女の父の親友であり、幼女をファラディから守ってきた忠臣なのだからあたりまえだが、それにしても場所が悪い。頭の回転が速く、常に知的な刺激を求めている義姉は騎士との会話を楽しんでいるようで、よく塔の中の広間で一緒にいるところを目撃されている――と義姉のたったひとりの友人である貴族の娘が言っていた。
 あの娘は、まるで彼をけしかけるような口調でおもしろがっていた。会いたいなら会いに行けばいい、姉弟なのだから遠慮することはないとあっさりと言い放った。しかしことはそう単純ではなく、彼ははっきり言ってしまえば義姉に嫌われている。
 先日の舞踏会でも踊りに誘ってはみたが、最初はかなり渋っていた。酔っているのに彼への警戒心は緩んでおらず、義姉の言葉に傷ついた芝居をしてようやく一曲踊ることができたのだ。われながら姑息な手段だが。
 彼はそっと息を吐き、窓の外に見える背の高い塔を見やった。
 ウェーズロウスでは時計塔の次に高い建物であるその塔に住んでいる女性は、自身で思っているよりも多くの人に愛されているのだ。
 庶子を疎んでいると思っている王と王子を含めて。


 今彼の立っている位置からは、塔の裏庭が見おろせる。
 城の中であの庭が見渡せるのはこの窓だけで、裏庭はあまり人前に出ることを好まない義姉のお気に入り、この窓はその義姉の姿を見守っていたいと思う彼のお気に入りというわけだった。
 いつものように花の飾られた窓枠に肘をつき、義姉が散歩に出るのを待つ。もうそろそろ、いつも彼女が散歩をする時間だ。
 彼は小さいがよく手入れのされた裏庭の花壇のあたりを見つめた。――義姉だ。肉感的とはいえないが姿勢のよい、細い影が見えた。
 しかし次の瞬間、義姉の後ろから続いて現れた人影に彼は息を呑んだ。小さな女の子と、背の高い男の姿。亡国の騎士と、その主筋の幼い娘。
 義姉は幼女と手をつないでいた。花壇に咲き乱れる花を指さして、なにごとかささやく。
 そして義姉は、笑った。手ずから花を摘んで幼女に手渡し、彼が見たこともないような満面の笑みを浮かべたのだ。
 自分は、あんなふうに義姉に笑ってもらったことなどない。
 あの笑顔を引き出しているのが騎士なのか少女なのか、そんなことはどうでもいい。
 ただ、ウェーズロウスにやってきたばかりのあのふたりが、自分にはできなかったことをやすやすと成し遂げてしまうのが悲しかった。
 騎士と少女に囲まれたウェーズロウスの姫は、とても幸せそうだった。そう――彼女たちは、家族のように見えた。母親こそ庶民の出だが王の娘である義姉と、ファラディとウェーズロウス、両方の王に気に入られた騎士と、出自も育ちも正真正銘のお姫様である三つの女の子と。
 それは、若い父親と母親と小さな娘のようで。
 父の胸の内に、実際そのような思惑があると知っているからこそ、彼は心が騒ぐのをなだめることができなかった。

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