ウェーズロウス・ファンタジア


 


059:塔 ―――――
 最近、自分の友人はだいぶ人が悪くなった――と、ウェーズロウスを支配する男の非公式な娘は突然思った。あるいは、彼女はまったく変わっていなくて、自分の目が変わったのかもしれない。
 それがいつからかというと、おそらく王女の住む塔に非常識な賊が侵入した日からだ。友人はその賊の人質になって、命は助かったものの装飾品を奪われて、さらにおそろしいことには脅迫されているらしい。
 ところが、その話をすると、友人は王女の認識をたしなめるように苦笑して言った。
「そんなことはないわよ」
「……どういうこと?」
「彼とはいいお友達よ、もちろん、おおっぴらにはできないけれどね。脅されてお金を出しているのではなくて、彼の理想に納得がいったから出資しているだけよ。私、それくらいのお金は持っているもの」
「あなたがお金持ちだっていうことはよく知っているわ」
 王女はため息をついて言った。
「私がわからないのは、どうやったら王城の奥に押し入るような男とお友達になれるのかということ」
「案外いい人よ、私がお金を出すようになってからは泥棒もやめたようだし」
「あたりまえよ」
 自分の大切な友人はその男に騙されているのではないだろうか――そんな心配にとらわれて、王女は呟いた。
「あなたにお金を出させておいて、泥棒までしているような男は見逃しておくわけにはいかないわ。だけどあの男が前科を持っていることには変わりないでしょう」
「平気よ、私そういうことで偏見を持ったりしないわ。今の彼を見て判断しているもの」
「それが心配だって私は言っているの!」
 声を荒げた王女を、友人は鈴をころがすように涼しげに笑った。
「あなたらしくもないことを言うのね。私はあなたが思っているほどお人よしでも世間知らずでもないわよ。彼は間違いなく信頼できる人よ。私は信頼に値する人を素直に信頼しているだけ。人の好意を額面通り受け取れないあなたとは違うのよ」
「私がいつ、そんなまねをしたっていうのよ」
「あら、あなたはいつでもそうよ」
 ふと真顔になって、友人は言う。
「そうでなければ、半分血のつながった弟やお父様を拒絶したりするものですか。あなたは家族が、いつでも近くにいてくれるのがあたりまえである人々がどんなに大切なものなのか、まるでわかっていないわ」
 そうかもしれない――けれど、彼女にそれを言われる筋合いはない。王女はそう思った。幼い頃からずっと、自分はウェーズロウス王家にはふさわしくない、本来ならばあの義弟や父と同じ家族を名乗るのは許されないのだと思って育ってきたからだ。母以外の家族は、王女にとっては縁遠いものだった。家族と認識してはいなかった。それを向こうが遺憾に思っているということに、最近になってようやく気付き始めたばかりだ。
 あらためて深刻な感慨に浸っていると、自分から振った話題をだいなしにする言葉を友人が呟いた。
「ああ――私、結婚しようかしら」
「いきなりね」
 いくらか面食らって――そして沈み込みそうな気配を払拭されて、王女はやっとそれだけを返した。本当に、唐突だ。この友人が、自分の結婚願望がウェーズロウスの上流階級の男たちにどれほどの波紋を投げかけるか知らないはずはないのだが。
「そうね、いきなりね。だけど、そう思ったんだから仕方がないでしょう。私には結婚を強いるお父様もいないのだから、そろそろ腰をすえて相手を選びにかからないといき遅れてしまうわよ」
「まあ」
 王女はわざとらしく声をあげた。
「あなたがそんな消極的な結婚をしようとするなんて」
「そんなにおかしい? 実際、あなたと同じように、私にはあまり選択の自由はないわよ」
「あなたのことだから、突拍子もない変り種を持ってきてもおかしくないと思って」
 友人はかわいらしく首をかしげて微笑んだ。王女の居室まで上ってくるのも一苦労の高い塔で、小鳥のように。
「さあ――どうかしら。もしかしたら、あなたの言うとおりかもしれないわよ」
 王女はじっと友人を見つめた。青い空を背にして優雅に甘い焼き菓子を口に運ぶ――自由な鳥を。
「――もうすぐ、わかるわよ、きっと」

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