ウェーズロウス・ファンタジア


 


031:黒い肌 ―――――
 ウェーズロウス王城におけるタルバート人官吏の、第一号。
 チョコレート色のなめらかな肌と神秘的な金の瞳を持つ青年は、そのように言われていた。事実、そのとおりでもある。しかし――本当は、彼の身に流れる血の半分はウェーズロウスの大部分を占め、王族もその例外ではないアズリーカの民のものである。
 それを知らない人々は、アズリーカ人にはない黒い肌というもっとも特徴的な部分を指して、彼をタルバート人なのだと思い込んでいた。つい二年前まで公衆浴場にも入れず、上級学院へは入学資格がなく、料理屋や宿屋の人間に毛嫌いされていたため女性はまったく仕事に就けなかったというタルバートの民。その理不尽な差別を嫌った彼の友人は、豊富な人脈と資金とを駆使してタルバート人に対してかけられていたさまざまな制限事項を撤廃した。タルバート人が増えてきて、チョコレート色の肌がめずらしいものでなくなったこともおおいに関係しているのだろう。
 しかし、やはり王城でのタルバート嫌いは根強いものだった。彼は友人のつてと学院でついていた師の推薦で王城に勤め始めたのだが、与えられる仕事はろくなものではない。それを友人が知るとまた手のつけられないくらいに暴れるのがわかっていたからひた隠しにしていたが、早晩それもばれてしまうだろう。
 あの友人はひたむきで差別が嫌いで自由と平等を愛する、ウェーズロウスの民の鑑のような男なのだ。あふれんばかりの財力をタルバートの血を持った自分のために駆使することに、何のためらいも覚えない。自分は混血、純血を問わずもっとも幸福なタルバート人であると彼は思っていた。
 かつかつと長靴の音を響かせて、王の大門に続く石畳を下っていくと、王城の知的な静けさが嘘のように騒々しく活気に満ちた大通りである。物売りや品定めの通行人が道の両脇をふさぎ、広い通りの真ん中を車輪の音をたてて馬車が通っていく。家紋のついた貴族の馬車が通りでもしない限り、のろのろと進む荷車も道を開けたり急いだりすることはない。のんびりとした光景だ。
 柔らかな陽射しの降り注ぐ大通りを歩いていくと、登城を許された『黒い人』の姿を覚えているらしい何人かに頭を下げられた。彼自身は何もしていない、ただ学問所で得た友人と時運に恵まれただけの官吏の地位。そんなものに人は敬意を払うのだ。
 自分は本当は、王城に仕える人間にはならないほうがよかったかもしれない、と彼は思った。彼自身は政治の中枢に入り込むことで自分と同じ色を持った人々を盛りたてようとしたのだが、何をどうつくろっても王城の人間である限り『王に忠誠を』との誓いからは逃れられない。
 裏切り者という言葉を投げかけられたこともある。けれど、それでもいい。いっときタルバートを裏切って、金の瞳に証明されるアズリーカになってしまっても、いつか広く広く解放が行き渡るのなら、それで。
 大通りの端を通っていく黒い肌の女を視界の片隅に捉え、彼は微笑した。
 黒い肌の女、黒い肌の子供。その隣には色素の薄い金髪の、白い肌のアズリーカ人である夫。
 こんな光景が、自分の家族と同じ境遇が、もっともっと増えていくのなら。
 裏切り者も、悪くはない――――。

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