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宝物

 創造の女神、風の母キリサナートーの大神殿へは、限られた人間のみが出入りを許されている。巫女、護衛の神兵、身分と経歴の審査を受けて採用された下働き、そして国王の勅許を受けたわずかな人々である。
 そもそも大神殿を囲むようにしてつくられた神殿都市からして門での取調べは厳しいのだ。神殿の権威とキリサナートーの愛する乙女たちを害する存在が入り込まないよう、徹底的に守られた場所だった。
 ある晴れた春の日、まだ稚い瞳をしたふたりの少女が壮麗な神殿都市の門をくぐった。
 サリティナとディア――幼いころから歌舞音曲の才能や深い教養を高く買われていた、明日から神殿で見習い教育を受ける巫女候補だった。
「……ねえ、大きいねディア」
 どこまでも続く白い町並みに、サリティナが驚嘆の声をあげた。背後すぐに聳え立つ門をちらりと振り返り、ディアはうなずいた。
「神殿まではまだ距離があるのね。……禊場までは?」
 目を輝かせている無邪気な幼馴染の傍らで、ディアは自分よりもはるかに高い位置にある頭を見上げた。三十半ばほどの無口な男は、神殿からディアとサリティナの故郷に遣わされた神兵の責任者だ。
「馬車で行けばすぐです。着いたらすぐに精進食が出ますので、もう少し辛抱なさってください」
「わかったわ」
 都市に入る前にサリティナがつぶやいた言葉を聞いていたのだろう、特に将来性のあるふたりの少女の様子にすみずみまで気を配っていた男を、ディアは満足して見やった。このような男は貴重だ。余計なことには首を突っ込まないが、求められた以上のものを差し出すことができる。
 まだ十を迎えたばかりという年齢に似合わない冷徹さで考え、ディアは再び動き出した馬車の振動に身をゆだねた。
 親もとから離れて神殿で厳しい修行を積むには、サリティナはまだ幼い。もっと、ずっと昔から「巫女になる」ということへの覚悟を決めていたディアとは違い、彼女はその意味を完全には理解していないはずだ。
 そのサリティナをこの白い街で守ることができるのは自分だけだと、ディアは自負していた。事実それはそのとおりだ。サリティナが神殿都市で頼れるのは、同郷のディア以外にいないのだから。
 細くて軽い、風の流れのようなサリティナの金髪を、ディアは少し力をこめて引いた。彼女がこういったふうにサリティナに触れるのはよくあることで、サリティナは引かれるままに首をかたむける。
 白いふっくらとした頬は大神殿の街、女神の腕のなかへ入ったことで上気し、大きな瞳が輝いていた。ディアが知る限りでもっとも純粋に、従順に女神を慕っている少女。神殿の暗部など何も知らない、無垢なサリティナ。
 ディアはときどき悲しくなる。ふたりのうちどちらかが相手に影響を与えることがあるとしたら、それは自分だろう。自分はどれだけ清冽なサリティナに触れても、いまさら純粋に戻ることはできない。けれどサリティナは、ディアやそのまわりの人々に汚されて、その白さを失ってしまうかもしれないのだ。
 いつかそんな日が来てしまうのを恐れながらも、ディアはサリティナから離れることができない。守ってあげると嘯いても、結局はディアがサリティナに寄りかかっているだけだ。
 サリティナがかわいそうだと思う。こんな自分に無二の宝物とされ、守るふりをして束縛されている。
(ごめんなさい、ティナ)
 サリティナという純な鏡に、ゆがんだ心が映し出されるような錯覚。
(あなたはわたしの一番の宝物。……あなたにとってもわたしが、一番の庇護者でなければいけないの)
 そのためになら、ディアはほかならぬサリティナ自身の望みでさえも踏みにじってしまうだろう。
 宝物を大切にしまいこんでおく箱には厳重な鍵が掛かっているもの。
 それをこじあける人間を、許すことはできないから――――。



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