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鋼の民の章、二
――夜明けが近い。
 ますます明るさを増してきたあたりの空気に目を配り、リーシャは朦朧と思った。喜ばしいことだ、彼女はいつでも、朝を待ちわびていたのだ。自分がいつか罪びとになる夢を見るたび、忌人である身を心ない言葉に傷つけられるたびに。
 ラサイアという庇護者のもとでの生活は物質的な不足はなく、外界の何者にも怯えなければならないようなことはなかった。けれども人々の悪意は巧みにラサイアの好意の下をかいくぐり、リーシャを夜も眠れないほどに追い込んできたのだ。
 他愛もない陰口ではあったが、長い間に蓄積したそれはリーシャにとってかなりの負担となっていた。なにより、ラサイアがその被害の一端を受けていることが悲しかった。
 自分はようやく、本当に安心できる場所を見つけたはずだった。いつか手の届かない場所に行ってしまうラサイアとは別に、いついつまでも側にいてくれる『家族』――無償の愛を注ぐ相手――ができたのだ。腹違いの兄であるフィーダル、そしてその父親のアイザル。ふたりともが自由民で、リーシャをトラリフーシャの祝福が受けられない場所から救い出してくれるはずだった。
 傭兵の皆はリーシャに優しかった。兄とは知らず話し掛けたフィーダルや、リーシャとは血のつながっていないアイザルや。
 それなのになぜ、自分は信頼できる人間がひとりもいない深い森の中をさまよっているのだろう?
 足元は明るいが、歩みは順調とは言えなかった。平坦には程遠い獣道には地面から木の根や草の蔓が生え出でており、リーシャの足をとろうと意地悪く画策している。主の屋敷から出たことのほとんどない忌人は、もちろん山道を歩くのも初めてのことで、足はいとも簡単にもつれて気を抜くとあっという間に転んでしまいそうになる。
 驚くほど無力な自分に、悔しくて涙が出てくる。
 以前は、自分が弱いのはトラリフーシャに保証された権利を持たない忌人だからだと思っていた。弱いことが罪人への罰なのだとさえ考えていた。
 けれども、人がこんなにもちっぽけなものに思える自然の中で、一対一の存在として向き合っても、自分は誰よりも弱いに違いないのだ。
 弱いことが罪だなんて、思ってはいない。けれどそのことで傷つくのは自分だ。そう――のしかかってくる悪意を毅然として跳ね除けることができずに、もっとも大切な人間たち、ラサイアとフィーダルを傷つけてしまったように。
『家族』が血を流しているのを見るのはどうしようもなくつらい光景だった。サノアは、効果的にリーシャを抉ってみせた。彼女が家族を奪われたからこそわかった、復讐の方法だった。
 唯一のサノアの誤算は、リーシャを刺し貫く前に終末の大雨に襲われたことだろうか。
 肌が裂けるかと思うくらいに激しかった雨の粒、あっというまにせりあがってきた雨にさらわれて、きっとサノアはもう生きてはいない。なぜ自分が助かり、このような山の中にいるのかはわからないが、リーシャはそう信じたかった。
 都合の良いことだけを信じていいのだ。ラサイアは生きている、屋敷には彼女を守ってくれる人間がたくさんいるから。そしてフィーダルとアイザルも生きている、厳しい環境で生き抜いてきたあの親子が、そう簡単に命を落としてしまうわけはないから。
 きつい下り坂だったが、夜明けとともに活動をはじめたらしい家々から炊事の煙が立ちのぼっているのが見えるくらいにはふもとに近づいたらしかった。
 獣のように鼻を鳴らして、リーシャは香ばしい食べ物の匂いをかぎとった。思いがけず飢えていたらしい自分を急かし、こっそりと人の里に足を踏み入れる。
 本当は、少し怖かった。自分が忌人であることなど、卑屈な表情とばっさりと切られた髪の毛とで一目瞭然だ。余計な詮索と好奇の目を向けられるのは楽しいことではない。
 けれど、リーシャは生まれながらの忌人、罪人の子供であるのだから、たったひとりの主ラサイアや彼女を身請けしようとしてくれた『主』アイザル、そして義兄のフィーダルが生きている可能性が少しでもあるのなら、彼女はそれを待ち続けなければならないのだ。
 そのために生きていくのは、悪いことではないと、そう思う。
 特に耳を澄ましていたわけでもないが、朝が来て活動を始めたらしい人々が発する心地よいざわめきが伝わってくる。
 意味をなさない、暖かい声の波。ゆらゆらと流されていくように人の流れをかきわけながら歩いていくリーシャを、周りは奇異なものを見るような瞳で射ていた。山あいの小さな集落のことだから、リーシャのような忌人や、あるいはただのよそ者でも他人が珍しいのかもしれない。
 気づいてしまえば誰もが自分を見ているような錯覚に陥る。自分は世間知らずだから、知らないうちに忌人が入り込んではいけない領域に踏み込んでしまったということも十分考えられるだろう。となれば、自分はどうなるのだろう。ここには保護してくれていたラサイアはいないのだが。
 緊張と疲労とで、身体中がこわばってしまう。忌人というのはおかしなもので、注目する価値もない身分の人間であるはずなのに、ただ歩いているだけでも目立って仕方がないのだ。
 ましてや、そこが労働力としての忌人をたくさん抱えている大きな家ならともかく、罪人などめったに出ないであろう平和な農村だったならば――物珍しさも反発心も、ひときわ大きいに決まっている。
 けれどリーシャは、人のぬくもりに惹かれて山を降りずにはいられなかった。主、庇護者なしにはいられないのが忌人にまとわりついたトラリフーシャの罰だった。
 リーシャは小動物のようにびくびくとあたりを見回しながら、誰か見知った人間か、それとも底抜けのお人よしか世間知らず、つまりリーシャが忌人だということをまったく気にしない人間を探していた。
 なぜだろう、彼女には、少なくともフィーダルだけはすぐ近くにいるという確信があったのだ。
 それは洪水の中で最後までともにいたからかもしれないし、同じ胎から生まれた兄と妹だからかもしれない。けれど、彼女には、わかった。
「……どこいったのよ」
 いらいらと歩く――そのせいで、周りの喧騒に違和感を覚えない。
 リーシャが何かおかしい、とようやく気づいたのは、朝陽もすっかり昇り、空腹がいよいよ深刻になってからだった。
 周りの人間が何を言っているのか、さっぱりわからないのだ。字は読めなくとも、言葉が聞き取れないわけはない。耳が聞こえないというのではなく、耳に入る言葉の意味が理解できないのだ。
 異国の言葉を話す地域なのだろうか。どうして、自分はそこまで移動してきてしまったのだろうか。気を失っていたのは一日にも満たない時間に思えたが、実はそうではなかったのか。
 釈然としない思いで、リーシャは立ち止まる。笑いさざめく人々、なぜ自分がここまで心細い目にあわなければならないのかを問い詰めたい気持ちもあるが、それよりも怖い。異邦の中でのさらに異質、神に受け入れられない忌まわしい人間。
 それが、リーシャだ。
 父が、あるいは母が罪人であろうとも、自分には関係ないと思っていた。罪人の娘は罪人ではないのだと、信じていた。
 しかしサノアは、もっとも残酷な事実を彼女の目の前に突きつけた。罪人の娘は罪人なのだという、その明らかな証拠を。
 憎んで、憎まれて、そして傷つけて。
 許すことはできないほどに傷つけられて。
 それでもなお、自分は清らかで誰にも恥じることのない人間でありたいと切望し、そう信じている。
「……嫌だ」
 土ぼこりの舞う地面を見つめて、リーシャは呟いた。
「もう、嫌」
 今すぐフィーダルに会いたい。
 自分をあやすように抱いてくれていた腕にすがり付いて、眠りたい。そうして目覚めれば、彼女はもはや忌人ではなく、優しい義兄と父を持つ幸福なひとりの少女なのだ。
 夢想がリーシャを侵食し、疲れた身体は頼りなく揺らぎ、傾ぐ。
 いつしか、彼女は老若男女が通り行く道の端に倒れていた。


 難しい顔つきで黙り込んだリオとしゃがみこんだままで向かいあい、フィーダルは眉を寄せた。自分の言葉が聞き取ってもらえなかったのだろうか、それとも、あまりにあつかましい願いを口にした青年にあきれているのだろうか。
 けれどしばらくして口を開いたリオは、フィーダルが――いつもの彼らしくなく、うかつなことに――考えてもみなかったことを言ったのだ。
「でもな、フィーダル、それはかなり難しい――わかるか、簡単にはできない」
 リオは両手を交差させ、首を振った。完全にフィーダルの言葉を否定しているのではないことは、言葉の調子から読み取れる。
「時間が、かかる。その間にその子は他の誰かに助けられてるかもしれないし、もしかしたらずっと遠いところにいるのかもしれない。そうだろ?」
「ああ、そうだ……ええと、『わかってる』」
 切羽詰った状況にあると、知らない言語もどうにか言いつなげるらしい。フィーダルは覚えたての言葉で短い返事をし、頷いた。
「ただでさえ、お前はかなり弱ってる。さっさと寝てろ、と言いたいところだ」
 それはそうだ、無様なほどばっさりとやられたのだから。
「焦ったってどうにもならないだろ? それよりも、身体を休めるほうが先決だ。俺も、俺にできるかぎりは探してみてやるよ」
 フィーダルは渋い顔で黙り込み、リーシャの名前を呟いて自分の肩を指した。
「髪の毛が、短い」
……忌人、だからだ。
「肩? ああ、髪の毛か。肩の上? 短い?」
「短いよ。あと、鋼の色をしてる」
 小さな子供に教えるように、大きく口を開けて発音する。鋼のような光沢の、短い髪の毛。撫でると意外なほど柔らかく、さらりと指の間をすり抜けていってしまう。
「なんだ? よくわからねえな……」
 伝わっていない様子だったので、いったんリオの家の中に入った。
 寝台の上で雪のように白い髪の毛をしたノアが、床では身体を丸めてユアスが眠っている。そっくりとは言えないものの、自分とリーシャのような兄妹――どちらが年上とも言えない同じころあいの外見をしているので、あるいは姉弟――に見える。三人とも肌はフィーダルから見るとおかしいくらいに白かったが、これはこの集落の人々に共通しているようだ。やはり、自分たちのような肌をした人間がいないくらい遠くの地域に来てしまったのだろうか。
――大雨に流されて。
 あれはトラリフーシャの荒ぶる神としての悪意を凝縮したような、重苦しい雨だった。常に民が感謝を捧げている恵みの雨とは似ても似つかない、すべてを流し去ってしまう凶悪な力を持つもの。
 一歩間違えば命を落としていた。深い傷を負ってつめたい雨に浸かり、意識を失って流されて。
 生き延びられたのはなぜだろう。雨の神の加護を受けていられたからとはいえない、彼のような無法者が、トラリフーシャに目をかけられるわけはないのだから。
――リーシャ。
 生きているだろうか。
 神の怒りのような雨にも流されずに、無事でいるだろうか……。
「こんな、色だ」
 フィーダルは部屋の隅に立てかけてあった長剣と、次に自分の髪の毛を指した。
「それで、短くて柔らかい」
「髪の短い子か? まあ、近くにいればすぐに見つかるだろうな」
 リオがたのもしげにうなずく。確かに自分は動けないが、彼に任せておけば安心だと思えた。
「慌てるなよ、きっと会えるさ」
 大きな手のひらに頭を軽く叩かれ、フィーダルは軽く目をみはった。詳しくはわからなかったが、とても優しいなぐさめを聴いた気がした。
 おかしな、けれども懐の深い男だ。得体の知れない人間を拾ったあげく、その厄介ごとまで背負おうという。
「とりあえず、何か食おうじゃないか。ちょっとかかるから、お前は寝てな。午後になったら、薬師に見てもらおうな」
 まるで子供に言い聞かせるような口調だった。意味のわからない、即興の子守唄のようにそれを聴き、フィーダルはぬくもりの消えた寝台に潜り込む。
 朝から寝るのもおかしな気分なのと、気分が昂ぶっているせいで眠れない。すやすやと寝ている少年と少女とをなんとなく見て、やはりリーシャを懐かしむ。
「どこにいるんだ……」
 忘れていた傷が痛む。動き回り、会話することはできたのだから自分のほうは心配ないとは思うが、リーシャがどうなっているかわからない。
 フィーダルは目を閉じて朝のささやきに耳を傾けた。煮炊きの煙の気配、起きぬけの子供たちの寝ぼけた声、そしてさわやかな水音。どんな音楽よりも美しく響くそれを聴きながら、疲れきった身体と眠ろうとする意志が意識をさえぎった。


「……おい、そこの若者衆、朝飯ができたから起きやがれ。食べたらまた寝ていいからよ!」
 ゆらりと目を開け、フィーダルは覚醒する。眠そうに目を擦っている子供たちは知らないが、ずいぶんと深い眠りをとったうえにもともとが傭兵などという生活のあやふやな男であるフィーダルの体調は、傷の痛みを別にすればおおむね好調だった。疲れはほとんど消え、強烈な空腹感だけが残っている。
 なかなか起き上がろうとはしなかったユアスとノアも、腹だけは減っているようで、じきに起きだしてきた。そのまま連れ立って外へ――おそらくは顔を洗いに――行くのをほほえましく見送り、フィーダルは床に並べられた皿の前に腰をおろした。
 窓の外を見ると、リオが食事の支度をはじめてからそう時間は経っていない。しかし、そこにはよくぞこの短時間でと思うほどに多種多様な料理がずらりと並べられていた。
 皆山中を放浪して消耗したこと、フィーダルがどのような食文化を持つところから来たのかわからないことなどを考慮してくれたようだ。
「遅いな、あいつら」
 リオが舌打ちした。ふたりが遅いことを言っているのか。
「先に食べてようぜ。……ええと、『食べる』『良い』。わかるか?」
 フィーダルはうなずき、目の前の食物に手を伸ばした。リオの言葉はきわめてわかりやすい。わざと片言のように単語を区切ってくれるのと、それ以上にくるくるとよく動く表情が雄弁で。
 まずは冷たい水で満たされた水差しに手を伸ばす。朴訥なかたちをした椀に注いで飲むと、少し口の中が甘くなった。わずかに甘露をたらしてあるらしい。
 胃にしみとおる冷たい水に、生き返った心地がする。
 フィーダルは次に、雑穀をひいて粉にし、竈で焼き上げた平べったいパンを手に取った。パンの器の周りには、甘そうに煮られてどろどろになった野苺や、芥子色のたれがかかった山菜などが小皿に盛られて並んでいる。
 リオはパンにそれをのせてかぶりついていた。なるほどそうするのかと思いつき、フィーダルもそれにならう。
 詳しくはわからなかったが、家畜の乳からつくられたような白いとろりとしたものが気に入った。外から帰ってきたユアスとノアをまじえてひたすら並んだ料理を片付けていく。
 自分がどれくらい気を失っていたのかはわからないが、少なくとも半日は何も食べていない。しかもただ寝ていたのではなく、山を下ってきたのだ。それはリオたちも同じだったようで、むさくるしい男ばかりの中で育ったフィーダルが舌を巻くほどの健啖ぶりを発揮していた。――ノアでさえも、である。
 しばらくして、床の上には空っぽの皿ばかりが並んだ。最後に残ったあまい水を飲み干し、リオは満足げに息を吐いた。
「どうだ、口にあったか?」
 子供のように邪気のない笑顔で問われ、フィーダルはうなずいた。確かに、文句なく美味しい食事だった。
「ええと……アリガトウ? 美味かった」
 たどたどしく礼を言う。リオはユアスの背中を軽く叩いて片付けを手伝わせ始め、食器をまとめて持ち上げると外へ出て行った。フィーダルとノアがほとんど同時に立ち上がろうとしたら、リオは一瞬険しい顔を作り、休んでいろとでも言うふうに顎を上げた。
 確かに自分は怪我人だから、どんなに申し訳なく思っても休んでいるのが一番の恩返しである。フィーダルにうろうろされても、向こうは迷惑なだけだろう。
 ただ彼にとっては、雪のように淡く光る白い髪の毛をした少女とひとつところでだんまりを続けているのが、とても気詰まりだったのだ。
 ノアという名前以外には何も知らない、自分と同じく親子の客である少女。どこかぼんやりとした目をして、つかみどころがない。
 まあ、山の中で行き倒れていた大きな男とそう簡単に打ち解けられるようでも困るだろう。三人に助けられたときのフィーダルの状況は、遠方の住人が罪を犯して追われていると思われてもなんの不思議もないものだったからだ。
 ノアは頭をひと振りして立ち上がり、再び寝台に倒れこんだ。警戒の色が見えるまなざしでこちらを見るかたちで、横向きに。
 リオとユアスのことはそれなりに信頼しているようだから、やはり自分がここにいないほうがいいのだろう。この小屋にも、そしてリオとユアスにも、重すぎる荷を負わせないほうがいい。
 不覚にも、フィーダルはリオにすべてを頼ってしまっている。言葉もわからない、傷を負った身体はぼろぼろでろくに動けない、そんな状態にある人間ひとりがどれほどやっかいなものか、わかっているつもりではあるけれど。
 フィーダルは、リオの世話になるしかないのだ。
 彼は溜息をついて、もう一度寝台に潜り込んだ。


 目覚めは気分の良いものだった。
 リーシャは灰色がかった天井を見つめ、いまだぼんやりとした意識がやわらかな寝具の上を転がるのを感じていた。いいにおいがする。お腹が空いた、と思って、どうにか起き上がった。
 見知らぬ部屋だった。何に使われているのかわからない――あるいは、使われていないのかもしれない――殺風景な場所。ものは極端に少なく、なぜ食べ物のにおいがするのだろうと不思議に思って視線を動かすと、部屋の隅で鍋をかきまわしている老婆がいた。
「――起きたかい? 気分はどう? 起きられるなら、食事が用意できたからこちらへおいで」
 老婆は優しい口調で言った。何を言っているのかはあいかわらずわからなかったが、おそらく食事をすすめてくれているのだろう。
 リーシャはこの年代の人間とは接したことがほとんどなくて、少しとまどう。普通の家庭ならば両親と祖父母がいるのがあたりまえなのだろうが、彼女にそんなものはなかった。
 老婆は木の椀に盛られたスープをリーシャに手渡し、自分もそれを食べ始めた。あたたかくて淡白な味の、弱った身体にはもってこいの食物だった。
「あんた、道を歩いてていきなり倒れたんだよ。あたしと息子が拾って、ここへ連れてきたのさ。住むもんのいない廃屋でね、少し汚いけど我慢おし。今息子が村長の家に知らせに走ってる。なあに、怖いことなんてないよ。あたしはあの子が生まれたときから知ってるけど、リオはいい奴だ」
 リーシャは首を振る。わからない、というつもりだったのが、老婆は怯えていると思ったらしい。小さな手でリーシャの手を包み、そっと撫でた。
 スープの入った椀を置き、リーシャは老婆の手を抱え込んだ。食べ物もとって、あたたかいところで寝たばかりで、それなのに心細い。熱い涙がぽとりと落ちて、それを見ると老婆はリーシャの頭を抱き寄せた。
「どうしたんだい、ほんとに」
 心底いとしいように慰められて、リーシャは安堵の息をつく。この人の前でならば、気を抜いてもきっと平気だ。
「フィドに、会いたくて」
 会いたくて、たまらなくて、悲しくて。
 そうして泣いていると、小さな部屋の扉が開く音がした。
 リーシャが肩を縮めてそちらを見やると、そこには大きな男と同い年くらいの少年がひとり。こちらを見ているのは明らかで、少し怖いと思った。
「ばあさん、例の行き倒れってのはその子か――っておい、ユアス」
 少年の父親らしき男が、口をあんぐりと開けてリーシャを見ていた。
「あいつのこと呼んでこい、ほら、フィーダルだ!」
 何を言っているのかなんて、さっぱりわからなかったけれども。
 男がリーシャにとってもっとも重要な名前を口にしたことだけは理解できた。



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