サイト案内螺旋機構「太陽の迎え子」目次 / 前頁>次頁



慈水の民の章、一

 ユギリアイナの神剣の正当な持ち主を主張するユアスは、最初ノアにはならず者としか思えなかったが、案外気のいい少年だった。ノアが彼とともに仲間たちのところへ向かうと宣言してからは、自分が神殿に忍び込んだということが発覚するのを恐れないでもよくなったからだろうか、陽気な足取りで歩いていく。そのあとを追うユアスの父親リオはまだ若く、まだ明けきらない黎明の空の下ではユアスとは年の離れた兄弟のように見える。とても、はぐれ者たちを束ねている――彼らの主張によれば、ユアスやリオたちは由緒正しい水晶域の一族であり、決して荒くれではないということだったが――ようには思えない。
 ふたりから少し離れて歩くノアは、無造作に剣を扱うユアスの手つきに危惧の念を覚え、彼からスラガの剣を取り上げて小脇に抱えていた。
「ユアス」
 ノアの呼びかけに、ユアスは振り返った。
「何だ、ノア」
 なれなれしくもノアのことを名前で呼ぶユアスに、ノアはやや眉をあげてみせたが、言葉には何も出さずにまたもとの無愛想な表情を作って問い掛けた。
「お前たちの根城っていうのは、どこにある」
「……なんだよ、腹の底まで打ち明けあった仲なのにその口調」
「打ち明けあってなんかない! それより、質問に答えろ」
 今の彼女は、かなり機嫌が悪い。鬱々としたところを見せずにわざとぶっきらぼうに振舞っているのが、せめてもの自尊心だった。
 何も考えずに歩いていると、不安に押しつぶされそうになる。潰しても潰してもまた生えてくる雑草のようにノアに付きまとうユアスは、今の彼女にとって格好の話相手だった。
――ユアスがノアの状態を知っていて、彼女に付き合ってくれているのだということがわかってしまったのは、腹立たしいことだったが。
 身軽な動作で彼女の横に並び、ユアスは何がおかしいのか愛想の良い笑みを浮かべて言った。
「なあ、お前は俺たちについてくるって決めたんだろ? 俺たちの住処は、そう簡単に人に明かせる場所にはない。はぐれ者の聖地とも呼ばれてるからだ。そこに足を踏み入れようっていうんだから、もう少し仲間意識を持って、笑顔のひとつでも振り撒いてみたらどうなんだ?」
「お前以外の人間の前でなら、いくらでも笑ってみせる」
 つんとすまして言ったノアに、ユアスはもどかしげに叫んだ。
「俺はお前のためを思って言ってるんだよ! 俺たちの里をどんな場所と思ってるかは知らないけど、そこへ行くならお前ははぐれ者にならなきゃいけない。それも、『水晶域の一族』にだ。そうすれば俺とお前は同族だ。スラガを盗んだの盗んでないのって拗ねてちゃあ困る」
「……拗ねてなんて」
「いいや、拗ねてる」
 断言したユアスに、言い表しようのない苛立ちがこみ上げる。拗ねているという表現は適切でなくても、ユアスがユギリアイナの神殿に忍び込んだのを見つけてからのノアは神経を張り詰め通しで衰弱していた。はぐれ者の強心臓と違い、ノアはただの少女に過ぎないのだ。
 自分の気をまぎらわすためだと知ってはいても、ユアスの平然とした、からかいを含んだ言葉はノアの神経を逆撫でし、ともすれば泣きたい気分にさせた。
 集落に災厄をもたらしたのはノアかもしれない。ノアではないかもしれないし、リスルかもしれない。けれど厄年の祭にもっとも多く関わっているのはノアだ。賊に襲われ、不作は終わらず、神剣まで盗まれた。そのような不幸が重なって、自分を責めるなというほうが無理なのだ。
 ひとりで黙々と歩いていても気が滅入る。ユアスと話をしていても、気持ちが静まることはない。
 ノアは赤い唇をかみ締め、スラガを胸の前に持ってきてきつく抱いた。今の自分は、判断力を持たない……三つの子供よりもたちの悪い存在だ。
 ユアスはこらえてはいても零してしまう溜息を見つめ、ノアの横にぴったりと並んだ。自分よりも少し背の高い少年を見上げ、ノアは表情を硬くする。
「何だ」
「まあまあ、落ち着けよ。あんまり悩まないほうがいい」
「そんなこと……」
 無責任にも聞こえるユアスの言い草に、ノアは顔をしかめた。自分を励まそうとしているのはわかっているが、ノアとて悩まないでいられたらどんなに楽だろうと思う。けれど生まれ育った故郷が受けている苦しみについて、考えずにいられるだろうか。
 黙りこんだノアに軽い溜息をつき、ユアスは困ったような顔で軽くスラガに手を添えた。
 そのまま、自然で敏捷な動作でスラガの剣をノアの腕から引き抜き、突然の事態に目を軽く見開いたノアの手を握る。
 まるで子供のように熱い手の感触に、ノアはそれ振り払いたいと思った自分を押しとどめた。ユアスは確かにいけすかない少年だが、彼の手は暖かく、どんな言葉よりも雄弁に彼がノアを励まそうとする心を伝えてきた。
 心地よい手に心まで包み込まれたような気がして、文句は心の中だけで言い散らすことにしたノアはユアスの手をぎゅっと握り返した。
 心細くてたまらない、それは認めよう。今自分はまるで発作のように故郷を飛び出してきてしまったが、この責任は自らとらなくてはならないものだ。
 剣が盗まれたこと、不作が終わらないこと、賊に集落を蹂躙されたこと。それらの原因がわからないのならば、自分で突き止めて大手を振って故郷へ帰るまでだ。スラガが誰の神剣であろうとかまわない。祭司たちは納得しないだろうが、きっと豊作と繁栄をもたらしてみせよう――自分の歌で。
 ノアは浮上した自分を示すようにこほんとひとつ咳払いをし、ユアスに問い掛けた。
「ユアス」
「……何だ?」
「お前たちの集落までは、あとどれくらい歩く?」
 腹が減った、と悪びれない表情で言ったノアに、ユアスは苦笑した。
「まだちょっと歩くんだよなあ……俺も誰かさんが暴れるせいで、だいぶ疲れたけど」
 ユアスの言葉に、前を黙々と歩いていたリオがあきれた表情で振り返った。背中に負っていた包みから、雑穀をすり潰して丸めた団子状のものを取り出す。
「ほら、食べな。里に着いたらもっとましなものを食わせてやるからよ」
 リオが自分の食料として持ってきていたらしい団子は、滑らかで大きな草の葉に包まれていた。その草葉から移ったのだろうほのかな青臭さが香ったが、久しぶりの食事ということもあってノアとユアスはあっという間に平らげてしまう。
 もともと、この雑穀の団子はノアの家でもよく作るもので、男たちは畑に出るのにこれを包んでいくし、女も食事を団子で済ませてしまうことが多い。なじんだ食物を空きっ腹に入れたのだから、美味しく感じられるのは当然のことだった。
「美味いな、やっぱり。父さん、もっとないの?」
「あるわけねえだろうが、我慢してろ。お前たち、水飲むよな?」
 リオが取り出した竹筒を、ユアスがいったん受け取ってノアに渡した。それをつきかえし、ノアは呟く。
「お前が、先に飲んだら」
「え、俺が? いいよ別に。お前が飲めばいいだろ?」
 女ってそういうこと気にすると思ったから、とユアスはこぼし、それ以上はノアに水の入った筒を押しつけることなく水を飲んだ。
「ほらよ、……ありがとな」
 ユアスの言葉に聞こえないふりをしてほんのひとくち水を含んだノアは、水筒をリオの手に戻した。
ユアスの父親、水晶域の一族とその周辺の人間を統括するはぐれ者の長リオ。その素性は油断ならないものだが、やや幼く見える顔立ちは人好きのする笑みを浮かべている。ユアスとノアの手に雑穀の団子を与えたときのその表情はまぎれもなくユアスの父親のものだった。――ユアスの、たったひとりの親の。
それを見ていたノアは、仲のよい姉弟のようにつないだ手のこともあって、自分までリオの子供になったような気分を味わった。ユアスとは初めて顔を合わせてからまだ一日と立っていないうえに、出会いは険悪な雰囲気に彩られていたというのに、なぜ自分たちは手に手を取り合っていられるのだろう。
 ノアなんて水晶域の一族にとっては厄介なだけの存在なのに、ユアスもリオもそれを受け入れてくれている。水晶域の人間の生き残りが長い年月を経るうちにはぐれ者の集団と同じに、何らかの理由で集落を追われた人間を受け入れるようになったからだろうか。
 わだかまりをのちのちまで残してしまうたちのノアとは違い、ユアスはそれが尾をひかない。最初の印象と素の彼は、ずいぶんと違うようだ。その豹変ぶりに最初は驚かされたが、よくよく考えてみればそれはユアスがノアを認めた、あるいは心を許したという証であるのだ。
 ノアは、今はまだ緊張と不安で凝り固まった自分の心が、いつかユアスによって溶かされるだろうことを予測した。
 そのときには、きっといつものように……シアやアリカ、リスルの前でのノアのように、笑ってみせることができるだろう。


 朝日を浴びてかがやく緑を背にした集落を眼下にして、ノアは思わず呼吸を忘れた。まだだいぶ集落からは高いところにいるため人々の営みも普段リオやユアスが暮らす場所も小さくしか見えないが、そこはノアの集落と同じだけの規模があり、たくさんの人々が忙しなく動きまわる生活の場であった。
 まさか水晶域の一族とそれに引き寄せられるように集まってきたはぐれ者の住まいがこんなに大規模なものだとは思わなかった。
 長い期間、男と女の間に子が生まれ、その子がまた次の命を作るという永遠にして絶対の営みが続けられてきた集落は、山の奥深くにあり余人に見つかることはないだろう。けれどもそこは、まぎれもなく人間の世界なのだ。
「どうした、ノア」
 言葉を失っているノアの手を握る手に力をこめ、ユアスが軽く意を伝えた。
「感動のあまり言葉も出ないか、やっぱりなあ。すごいだろう、俺たちの集落は」
「そう、だな」
 下方から立ちのぼる生活感と、人々が発する熱気。四方を山に囲まれた閉鎖的な環境でありながら、気質はノアの生まれ育ったところよりよほど開放的にして活動的だ。
 生きる姿の眩しさに、ノアは目を細めた。
「確かに、すごい。……ところでユアス、そろそろ暖かくなってきたから手を離せ」
 東に昇った日に照らされて、やや顔が熱い。つないだ手はやや汗ばむくらいで、ノアはユアスの手を振り払うと額に浮かんだ汗を拭った。
「変事はないな。ユアス、行こうか」
 すり鉢状になった大地の底に位置する集落へ、どうやって降りていくというのだろう。
 ノアはそれをずっと疑問に思っていたのだが、リオとユアスはすり鉢の縁をしばし歩いたところで下り始めた。人ひとりが通れるくらいの幅しかない、狭い山道だ。
 リオは山の中で拾った肌の浅黒い男を肩に担いでいたが、さすがにその大荷物を片手で抱えて降りることはできない。ユアスに自分が背負っていた包み――食べ物や水を取り出してみせた――を渡し、丸太を担ぐようにして歩き出した。
 しかしリオの苦労は、そう長いこと辛抱しなければならないものではなかった。
 黒髪の男は、低い呻き声をあげて目を覚ました。見知らぬ男に担がれているという状況もさることながら、急勾配を下っている途中でいきなり覚醒した驚きは大きかっただろう。
 見開かれた目はまっすぐにノアとユアスを見つめた。藍色の鋭い光を放って、男は周りを見回す余裕を取り戻したようだった。
 リオは男を山道へおろした。ややふらつきながらも自分の足でしっかりと大地を踏みしめた男は、リオに運ばれていたときよりも大きく見えた。よくもこんな大きな男を軽々と担いでいたものだと、ノアは童顔のはぐれ者に感心する。
 男はふたりの子供――ノアとユアスには目もくれず、ほとんど同じくらいの位置に目線のあるリオに何事か話し掛けた。ノアには、聞き取れない言葉だった。
「――何だって、もう一度言ってくれ」
 もう一度、と子供に言い聞かせるようにゆっくりと言ったリオだったが、相手の男は首をかしげたまま焦ったような早口で何かをまくしたてる。
 言葉が通じないのだと、理解するまでに宋時間はかからなかった。
「厄介だな、こりゃあ……」
 リオは男から目をそらし、けれども子供たちとも目を合わせるわけでなく呟いた。拾ってしまった以上水晶域の名残の集落まで連れ帰って何らかの世話をしてやらないわけにはいかないが、短い言葉は今の彼の心境をもっともよく表していると言えるだろう。
「父さん、名前。名前だけでも聞いてみれば」
「ああ、そうだな。……あんた」
 リオは男の逞しい肩を叩いた。
「名前は何ていうんだ? 名前だよ、名前。俺はリオ、リ、オだ」
 男はこの会話から、三人の中で一番体格がよく、一番年かさの男の呼称と、自らのものとは異なる言葉で『名前』とはどう発音するものなのかを学んだ。――否、学ぶことができた。本人に意欲とそれだけの知恵があればの話だ。
 幸い、頭の回転が速い男だった。リオの言葉をすぐに繰り返し、ユアスとノアを指差してひとこと「名前」と呟く。
「こいつらはユアスとノアだ。ユアス――男のほう。ノアが、女」
 男、女、とたどたどしく呟く。
「ユアスは、俺の息子だよ」
 斜面を降りながら、リオは男に向かってあれこれと話しかける。かなり学習能力の高い男は、そのうちに自分からフィーダルと名乗った。
「フィーダル、か」
 リオが、呟く。
 ノアは半ばユアスの背中に隠れたフィーダルの姿を仰ぎ見た。黒い、硬そうな髪の毛と深い藍色の瞳。肌はノアが今まで見た人間の中でもっとも滑らかに濃い色をしていて、言葉が違うこともあって彼が遠方の人間なのだと知れた。
「とりあえず、俺とユアスの小屋へ行こうか。ノアだって息子が勝手に連れてきやがった予想外の客だもんな」
 嫌味や皮肉ではなく、リオはからりとした口調で言った。ユアスの頭を小突き、もう間もなくたどり着く大地のくぼみに広がる集落を見つめる。
 ノアは無言で山道を降りていった。心の中には、美しい集落に対する羨望と嫉妬の念が渦を巻いていた。
 こことは、なんという違いだろう。
 ノアの故郷は、もしかしたらノアのせいで貧しさに喘いでいるというのに。
 生まれ育った集落に対する思いを、唇を噛んだ痛みで振り切った。ぐんぐんと近づいてくる集落。長いこと険しい下り坂だったために、一度立ち止まると足がだめになってしまいそうだ。着いてすぐに休めるだろうかと考える。
 まあ、自分はリオとユアスの客人だ。働かないでいつまでもおいてもらうわけにはいかないが、今日のところはお客でいてもかまわないだろう。
 そんなことを考えているうちに、道はだんだんと平坦に、そして幅広になっていった。道の脇に生えているのはほとんどが薬草か香草だ。神殿には古い文献が山積していたが、ノアが読めるのは薬草の絵がたくさん載ったものだけだった。
 司祭に読み書きを教えてもらうのは歌姫や舞姫だけの特権のようなものだった。特に最近では、司祭に学び舎のまねごとをする余暇があっても子供たちのほうに時間がない。畑に出て、できるだけのものを作らねばならないからだ。
「採りたいな」
 呟くと、ユアスが怪訝な顔でこちらを見た。
「何を?」
「薬草だよ。さすがに山奥は違うな、うちの周辺にありふれてたものとは。……どうした、ユアス」
 今度は、ノアが首をかしげる番だった。彼らはこのノアにとっては宝の山のような薬草を、意図して栽培しているのではないのだろうか。
「共有の財産なんだったら、遠慮するけど」
「いや、そうじゃなくてさ……これ、今まで雑草だと思ってたから」
「ええ?」
「ときどき、採ってる奴を見かけはしたけど、そんな価値があるとは思わなかったんだ。ここが誰の縄張りかは知らないけど……」
 そうか、とノアは納得した。
 水晶域の正当な後継者、おそらく里でも中心的な役割を果たすリオの息子であるユアスが薬草のことを知らなくても、ここの薬草で生計を立てている人間はきっといる。その人間は、ノアのようなよそ者に自分の仕事場である道を荒らされるのを好まないだろう。
 少し惜しいなと思いつつも、仕方がないと諦める。ノアは閉ざされた集落で暮らす人間たちにとっては異物であり、本来受け入れがたいものなのだから。
 だんだんと人目が多くなってくる。リオとユアスの親子が連れてきたよそ者ふたりに、奇異の視線が集中した。
 フィーダルという、とても目立つ外見の男がリオの真後ろを歩いていたのが幸いだった。ノアよりもフィーダルのほうが目立つのはあたりまえのことだったし、ノアはその長身とユアスと、両方を盾にすることができる。
 フィーダルにとっては迷惑な話だったろうが、ノアは安堵していた。彼がいてくれてよかったと。
 リオは集落を突っ切り、神殿と思しき白い屋根から少し離れたところにある小屋に向かって歩いていった。好奇心に負けてあたりを見回しながら歩いていったノアは、小屋よりもまず神殿に視線を奪われた。
 簡素なつくりではあるが、まぎれもなく神を祭った石の屋根。清められた聖域の中に掘られた井戸の水は聖水と呼ばれ、儀式の際に用いられるほか、司祭は聖水しか飲んではいけないとされている。その身に穢れをまとわないためである。
 そういえば、とノアは改めて思い出す。
 ノアとシアは昨夜、儀式のために身を清めていたのだった。山道の強行軍で汚れてはしまったが、衣も薄汚れたものではなく一張羅を着ていた。
 あれからずいぶんと時間が経ったような気がするが、実際には半日しか過ごしていないのだ。ノアの身に降りかかってきたできごとがいかに非現実的だったか、知れようというものだ。
 一晩中まったく身体を休められなかったのだから、とりあえずどんなに固い地面の上でもいいから眠りたい。その欲求には抗いがたく、ノアは眠気を完全には駆逐できずに瞬いた。
「……眠い」
 呟いた言葉に、前を歩いていたリオが敏感に反応する。
「眠い。……確かに、眠いな。それじゃフィーダル青年の話を聞くのは後にして、皆で朝寝といこうか」
 リオに先導されて入った小屋の中は、なかなか快適だった。四人が雑魚寝するくらいの空間は床に広がっていたが、ノアは安全策をとっておくことにした。
 寝台を使わせろと、要求する。
 リオはその言葉にすぐにうなずき、ふたつ並んだ親子の寝台をあっさりと明け渡した。もう片方には、同じく客分であるフィーダルが横たわる。
 ノアは眠りに落ちる寸前、部屋の中をぼんやりとした視界で眺め回した。
 スラガの剣を固く抱きしめたリオと、自分の手のひらを思いつめた表情で見つめるフィーダルの姿が脳裏に焼きついた。


 目覚めると、閉め切られた室内は暗く、そしてやや息苦しかった。寝ているとはいえ、普段は親子ふたりしか住んでいないのだろう狭い場所に――なぜ母親がいないのかは彼には関係のないことだし、そのような家庭も珍しくはない――余計な人間がふたり転がり込んだのだからあたりまえだろう。
 フィーダルは薄い上掛けを跳ね除け、土間に筵をひいて寝ているユアスという少年にかけてやった。フィーダルに貸したからか、何もかけずに眠っている。寒い季節ではないようだが、自分よりも年下の子供は気遣ってやるべきだろう。
 そのまま、そっと固い寝台から降りた。白い髪の毛のノアも、ユアスも、よく眠っている。
 それを横目で見ながら立ち上がると、突然、足元から声がかけられた。
「フィーダル」
 アイザルより少し若いくらいの、家主リオだった。
 言葉の通じない彼が呼ぶフィーダルの名前は、少し発音がおかしくてぶっきらぼうに聞こえる。けれど悪い人間ではないことくらいわかっていた。
 むくりと起き上がってこちらを向いたリオと、フィーダルとは向き合った。フィーダルのためだろうか、リオはゆっくりとした調子で何ごとか言ったが、さっぱり理解できない。
 とりあえず、自分の意志だけでも伝えられないかとフィーダルはリオを手で招いて外に出た。
「どうした?」
 細部まではわからないが、おおげさに首をかしげているのだから何かの疑問だろう。リオはフィーダルに問い掛けた。
「探してる奴がいる」
 フィーダルは地面に座り込み、指で砂地をなぞった。家系図のおおまかな書き方は、どこでも同じものだろうか。
「ええと……俺」
 自分の名前くらいは綴れるが、話す言葉が違うのだから文字も同じかどうかわかったものではない。フィーダルは地面にややいびつな円を描き、それと自分とを交互に指さした。
 リオが、うなずく。
「両親。オヤ。あんた」
 隣に、もうひとつの親子を描いてみた。リオと、小屋の中のユアスとをあらわす。リオはますます笑みを深めて続きを促した。
「オヤ、オレ、……オヤ、コドモ」
 フィーダルが探しているのは『自分の父親の娘』ではないのだが、ややこしい説明は今の自分にはできない。
 リオは同じ親から生まれたふたりの子供を見て、言った。
「そりゃ弟、または妹って言うんだ」
「オトウト、イモウト?」
「弟が男」
 俺、お前、ユアス、と呟く。
「妹が女だ」
 ノア、と。
 フィーダルは首をかしげてリオに問う。
「ノアは、ユアスのイモウト?」
「いや、違う。ただ、『同じ親から生まれた自分より年下の娘』は妹っていうんだ。それで――妹がどうかしたのか?」
 どうにか通じ始めた意思に、フィーダルはほっと息をついた。――妹を探している。生まれたときから親を知らず、年齢もたいして違わない主のラサイアだけを頼りとして生きてきた義妹を。まさか存在するとは思ってもみなかった、出会ったばかりの少女。
 けれど、まぎれもなく大切な。
「俺の妹を探してるんだ」
 自分の言葉で呟き、フィーダルはリオの強い瞳を見据えた。
「俺を助けたことを後悔してないなら、あんたも手伝ってくれよ」



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