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巨人族の章、二 |
その男は大柄という言葉では表せないほど大きな身体をしていたが、全体を見れば特に細くも太くもないようだった。ただ身体のつくりが大きく、シアはもちろん一人前の成人男性であるクアイスさえも首を痛いほどに曲げて見上げなければ視線を合わせることができなかった。 ――このような、あたりまえの人では持ちえない体躯の人々を、シアは伝承の中でだけ読んだことがあった。 古の三世界の中で最初に時計盤の上に存在していた、土の神オルテツァの治める世界。 土の太陽の時代、今よりもずっと自然に近いところで生き、言葉すら必要とせずに過ごしていたという……巨人族。 男は、シアにそれらの人々を思い出させた。 『……この近くに、人里はないか?』 「え……、あの」 頭に響く言葉から、やはり男が巨人の一族であることを確信する。 けれどどうして……年月数えられぬほどの昔に消え去った大地の子が今目の前にいるのだろう? 『食べるものもないし、こいつをどうにかしなけりゃあいけない』 「蛇……をですか」 物語の中だけの存在だった者を、それでもかろうじて受け入れたシアが、衝撃に固まっているクアイスを尻目に尋ねる。 金色に輝く鱗とあやしく光る緑の瞳を持つ大きな蛇を、男は片手に巻きつけて平然と立っていたのだ。 『いや、こいつは今は蛇だけど蛇じゃないぞ? ただ、衣服を調達しないと戻れないから……』 「蛇ではない?」 見たこともない大きさの蛇に怯みながらシアがおそるおそる聞くと、男は真顔でそう答えた。蛇だけど蛇ではない、と、きっぱり言い切られて混乱してしまう。 『こいつは異形の巨人だからな』 異形、と言われても、シアにとっては男からして既に別の生き物のように思える。 「動物のことも、巨人っていうんですか?」 『動物?』 かみ合わない会話に、今度は男が目を丸くした。 巨体が周囲を威圧してはいるが、そのまなざしに獰猛な雰囲気はない。身のこなしにつりあった鋭い視線が隠されているだけだとしても、とりあえずシアは臆せず向き合うことができた。 「蛇……でしょう?」 『いや、こいつはただ何かの衝撃で蛇の形態をとっているだけだろう』 「蛇の形態、ですか?」 『ハイネは蛇の巨人だ』 ハイネというらしい蛇に目をうつし、シアは首をかしげた。 「蛇の巨人……?」 『知らないのか?』 さも意外そうに問われるが、シアが目にした文献のどこにも、そんなことは記述されていなかった。蛇の形態、ということは、人と蛇両方の姿をとれるのだろうが、にわかには信じがたい話だ。 『蛇の姿になったときに、着ていたものも全部吹っ飛んだらしくて、もとに戻れない』 「ああ……そういうことですか……」 蛇の姿になった……などと聞かされてすぐに納得できるわけもなく、シアはあいまいな返事を返した。 『で、とりあえず衣と食べるものが調達できるところはないか? 身ひとつだけど、とりあえず労働力にはなるはずだ。今の季節なら、どこも忙しいだろう?』 確かに、豊作祈願の祭りを済ませていざこれから種蒔き、というこの時期、人手はいくらあっても足りるということはない。けれども黴臭い神殿書庫の奥にしまいこまれていた文献の中だけでのみ存在していたオルテツァの時代の巨人を、ただでさえ神剣を奪われたことで殺気立っている人々が受け入れてくれるだろうか? 否、集落の人間であるシアすら賊の一味ではないかと疑った司祭たちが、その上巨人の男と、蛇と人ふたつの姿を持つ人間を歓迎するわけがなかった。 はじまるのは迫害。生まれるのは絶望。 きっと今人々は、誰をも冷たく拒むのだろう。 「それは確かにそうですけれど。……でも」 『都合が悪いならすぐに出て行く。こいつの着物と小剣だけあれば生きていけるだろうからな』 「それだけでいいんですか……?」 大地に生きるすべてのものを慕い、またそのすべてから仲間だとみなされている巨人の強さが、そのたったひとことから窺える。 巨人だから、だから食べ物や水が湧いて出てくるというわけではない。人間を生かしている自然を敬い、愛しているからこそ、彼らにとって生き抜くことは容易なのだ。 「それだけで生きていけるんですか? 本当に? どうして? ……人の間に、いなくても?」 『ここにいるのがお前たちみたいな人間ばかりなら、それは俺たちとは違う生き物だ。たとえいるのが巨人だったとしても、今はまだハイネは人里に出て行けない。俺はハイネに対して責任を負ってるから、こいつにどこまでも付き合って行くさ』 初めて出逢った……本来なら出逢うはずのない大地の子は、シアが思い描いていたよりもずっと強靭で、優しかった。 頼られているのは自分であるはずなのに、なぜだか包み込まれているような心地がするのだ。 「ねえ、クアイス……どうしましょうか」 「え……ああ、そう――シアはどうしたいんだ? 俺はシアが集落に戻るっていうならついてくし、この人と一緒に行くならそれも……」 「この人が怖くないの? こんなに大きくて力強いし、聞いてたでしょう、蛇の人はもとは人間で、姿を変えることができるのよ?」 「そりゃあ、怖い……とは思うさ」 「それでもいいの? 私は大地の子のことは前々から知っていたし、私たちよりもはるかに優れた、敬うべき人々だということも理解しているつもりだわ。獣と人の姿を取れるからといって化け物だなんて呼ばれるのは間違ってる。人が獣としても生きられるというのならそれは間違いなく大地の神の恩恵なんだわ」 『おい、あんたたち……』 ふたりよりもはるかに高いところから、男が声をかけた。 『俺たちのことを蔑んでるわけでも馬鹿にしてるわけでもないのはわかるけど、そういうことを本人の前で言うのはどんなもんだ?』 「あ、そうですね、すみません」 頬を紅潮させてうつむいたシアは、それでも眉を寄せて呟いた。 「でも……この人たちのことは見捨てられないけど、どこに行けばいいのか」 集落には戻れない。 既に司祭には疎まれている。ノアに追いつけない以上、シアにかかった嫌疑を晴らすのは並大抵の努力では足りない。ノアを追うとなると人の住むところに立ち寄るのは難しい。流れ者は大抵、山の奥深くに群れ集まり、自給自足の生活を……男が実践しようとしている自然の生活を送る。どうしても足りないものを補うときも、必ず少人数で人里に下りて調達する。 集落から弾き出された者、という観点で見れば、シアたちも彼らも何も変わらないのだ。 余所者など受け入れられるわけもない。 罪人とさだめられた者もまた然り。既にその集落の人間とは認められず、どこにも、戻れない。 いまさらながらに恐怖が身体を突き抜けるのを感じ、シアは身を震わせた。 「行くところ、なんてないでしょう。でも」 見捨ててはおけない。 彼らはどんなところでも生きていけるとわかってはいても、この出会いを棒に振る気にはなれない。 シアが不安なだけかもしれないが、それでも彼らと離れてはいけない気がした。 「どこかないのか?」 半ば以上シアのためにだろう、真剣な表情で尋ねるクアイスに、シアは首を振った。 ……ひとつだけ、心当たりがある。しかし、彼女にそんな迷惑をかけられるだろうか。ただでさえ頼ってばかりだというのに。 「無理よ、四人も押しかけたら誰だって迷惑に思うわ」 『なあ、何もあんたたちに何から何まで世話してもらおうなんて言ってないだろう? とりあえず最低限のものを調達できればいいんだから、人里の方向だけ教えてもらえば』 「あの、……だめです。わたしたちの中には、あなたのような姿かたちをした人はひとりもいません。そこへあなたが出て行ったら皆混乱しますし、話を聞こうともしないと思います」 口惜しいことに、人々はあまりに心が狭い。少しでも自分たちと異なるものは徹底的に排除し、迫害に追いやる。 「ちょっと、待ってくださいね。考えますから……」 あの、優しい人に頼ってもいいだろうか。つらいとき自分を支えていてくれた人に……。 シアは逡巡の後に大きく息を吐き、そして、決めた。 いつかこの借りを返せるくらいに強くなれるときがくるだろう。……そのときまでは、たとえ背負えこめないほどに荷物でも、後先考えずに引き受けようと。 それを許してくれる人に囲まれた自分は、幸せ、なのだから。 ようやく出会った人間がかなり小柄なことに、ディスタは内心動揺していた。しかし巨人族の幼児くらいの大きさでも、大人になりかけの身体と雰囲気を持っている少女は、隣で顔を蒼白にしている青年とは対照的に、さしたる驚きも見せずにかなり身長差のあるディスタを見上げていたのだった。 少女は少しの畏怖すら混じった声で、彼らを「大地の子」と称した。確かに、ディスタもハイネもオルテツァの――そう解釈してもいいものならば――恩寵を受けて生き延びた。 しかし彼は、オルテツァに選ばれて胸を張っていられるような生き方をしてきた覚えはないし、自己の才能や努力に関係のないところで『選ばれた』のならそれはそれでつまらないと、そう考える。 つまりは、何がどうしてこんな事態に陥ってしまったのか、まったく理解できないのだった。 あの地震の被害がどれほどのものだったのかもわからない、ここがどこなのかも不明。そんな状況に置かれてしまったのだから、とにかくうろたえずに静観するに限る。 見たこともない小人がいきなり現れたことには驚いたが、優しげな顔立ちの少女が拭いがたい身長差を視野に入れずに平然としているのだから、自分の腕ひとつで世の中を渡ってきたディスタとしては醜態を晒すわけにはいかないのだ。 『ところで……シア、だったか』 「はい。なんでしょう?」 『あんたたちにとって、俺みたいなのはどういう存在なんだ?』 長い黒髪をふわりと空気に乗せて、シアは考え考え口に出す。 「……わたしはたまたまあなた方のことを知っていました。それはわたしが、女神に豊作を祈る祭りで舞姫を務めさせていただいている関係上、神殿に出入りすることが多かったからです」 『その……女神っていうのは? グリーダか?』 「いいえ……わたしたちが慕い畏れる女神は水の慈母ユギリアイナですから」 『でも……っ』 「言いたいことはわかります。わたしはもとから古い言い伝えや古の世界への好奇心が旺盛で、そのうえ神殿にも頻繁に出入りしていましたから、多少他の人より知識があるんです。……あなた方のような『巨人』が息づいているのは、大地の神オルテツァの時代、そうでしょう?」 ディスタにとっての「女神」――それはつまり水女神ユギリアイナの妹で、オルテツァの連れあいであるグリーダに他ならない。しかしこの世界ではグリーダより誰より、ユギリアイナがすべてなのだ。 今度こそ、戸惑いを隠しきれなかった。 「わたしたちが今生きている大地を統治されているのはユギリアイナです、その事実に偽りはありません。あなた方の――オルテツァの時代は、わたしたちにとってはもうごくわずかな記述でしかうかがえないほどの古代へ過ぎ去ってしまっているんです。信じられないかもしれませんが、ユギリアイナの世界が創られるまでに、三つの時代を経てきました。はじめにオルテツァの『土の太陽の時代』、次にキリサナートーの『風の太陽の時代』、そしてトラリフーシャの『雨の太陽の時代』です」 シアの口から語られる言葉を聞いて、蛇の姿をしたハイネがディスタの腕を締め付けた。無理もない。彼とて事実を理解できたわけでも、ましてや納得できたわけでもないのだ。 「あなたにとっての神がオルテツァであることからも、あなた方が土の時代の住人であることは明らかです。オルテツァの時代には巨人が地に満ちていたという記述も、巨人は空気を震わせる音としての言葉を必要としていなかったことも、わたしは神殿で目にしました。巨人の中に、人と動物ふたつの姿をとる人がいるとまでは知らなかったけれど、巨人のことは確かに伝説として残っているんです。それは今、わたしたちの時代にはそのような人間がいないということを意味していると思いませんか」 ゆっくりとかみ含めるようなシアの説明に、ディスタは溜息をついた。 なぜだか知らないが、とんでもないところへ来てしまったようだ。 『その……オルテツァの時代が終わって、キリサナートーの時代が始まったんだろう? そのことに関して、何か……ないのか』 自分の経験した地震が本当に終末のしるしなのかどうかを見極めるために、少女に問う。 シアは軽くうなずいて、 「……土の時代に生きていた巨人族は、オルテツァの髪の毛から生まれた猛獣の群れに襲われて死に絶えたと言われています。その原因や経過については一切不明で、……何せ一度時計盤の上から消え去ってしまった世界ですから」 『時計盤っていうのは?』 「世界の土台を支える基盤……と言われていますが、詳しいことは知られていません。『時計盤の上で世界は創造と破滅を繰り返す』という言葉だけ、読んだことがあります」 猛獣の群れという言葉に、思い出すことがある。 その、記憶の一致は、まぎれもなく彼らの帰るべき場所の崩壊を示すもので。 故郷に未練などなかったディスタだったが、自分の生まれ育った見渡す限りの大地がまるごと失われてしまったとなれば哀しまないわけにはいかなかった。 『もうない? ……俺の生きてた場所が?』 「ええ、おそらくは……すみません」 シアを責めているわけではないのだが、彼女の謝罪を否定はしなかった。否定できるほどの余裕があるわけもなかった。 『……参ったな』 ――なあハイネ。 今は言葉を交わせない蛇の異形に向かって訴えかける。 ハイネはただ、くっきりとした緑の瞳をディスタに向け、何を言いたいというわけでもなく悠然と構えていた。 蛇の姿に戻ったときには、いつも外の――人型の巨人たちの言動に対して興味が薄くなる。周りのできごとすべてに霞がかかったように実感がなくなり、なんだかもうどうでもいいような思いに駆られるのだ。けれどそれは決して無気力なのではなくて、やはり自分の内に眠る異形の野生に身を任せているということなのだろう。 けれどもディスタと、シアと名乗った少女との会話は、ハイネにとっても放ってはおけないものだった。 ――四神の世界……そのうち三つが既にめぐり、滅んだ…… どこか現実感の薄い言葉だったが、しかしハイネは思い出す。 どことも知れない空間で出会った声の持ち主――彼女たちの神ではない、たおやかな女性のことを。 あれはおそらく……慈母ユギリアイナ。オルテツァが自分たちの世界を治めていたのと同じ、水の世界の主たる女神、四柱の中の母性を担う者。 子供たちをよろしく頼む、と言っていたではないか。 頼まれても困る、というのが本音だった。だいたい、「こいつは蛇だけど人間でもあるんだ」などと言われてそれをすんなり信じ込むような、見かけによらず豪胆な少女と、それよりは落ちるが怯えや嫌悪は顔に出さない青年のふたり連れだ。わざわざ『頼む』必要などないのだ。 だとしたら、頼みたいのは別の人間。 他の誰でもなく、わざわざ巨人たちに頼まなければならないほどの。 シスのように優しくて、護ってあげる代わりにこちらを癒してくれるような可愛い子ならば、いくらでも頼まれてやるのだがなどと埒もないことを考えつつ、ハイネは思う。 人の姿に戻って、話がしたい。 もっともっと、話がしたい。 そのためにはもちろん、ディスタと青年が邪魔なのだ。 ハイネは金色の身体をくねらせると、そうっと少女の細い首に絡みついた。 声を失って顔を青ざめさせる身体を器用に引っ張る。 「……えっ……」 大きな蛇に引かれるままに後ろへ倒れこんだ少女は、そのまま緩やかな斜面を滑り降りていく。やや乱暴な手かとも思ったが、いざとなったら自分が下敷きになればいい。 ひどく楽観的な思考で転がり落ちていくハイネは、少女の身体が静止したところで人型に戻る。 その形態変化には生半可な量ではきかないくらいの労力を必要とするのだが、今はそんなことには構っていられない。どうせ空腹で力が抜けるくらいだろうし、大事には至らないだろう。 そう考えて緩やかに人への変化を遂げたハイネを、少女は呆然と見つめていた。 「蛇の方、その……」 『乱暴なことしてごめんね、シア……だっけ? どうしてもあなたと話がしたかったから』 「ええと、それは構いませんが」 爛々と輝く緑の瞳を真っ直ぐに向けて、続く言葉を待つ。 化け物と蔑まれたくはなかった。 「少し……驚いてしまって。まさか本当に人間だなんて……」 『まあ、あなたのところには巨人はいないって言ってたし仕方ないとは思うけど』 座った状態でも、ふたりの間にはかなりの高低差があった。巨人と……そうではない、けれどまぎれもない『人間』。 『私はハイネ、正真正銘蛇の異形』 「異形……っていうことは、巨人の中では少数派なんですよね?」 『うん、そう。人型しかとれない巨人のほうが、圧倒的に数が多いからね。少しでも他の異形や人型の巨人の血が入ると特徴が出る確率ががくんと下がるっていうこともあるし』 ハイネはたまたま、ごく薄い血しか持っていないにも関わらず蛇の血を色濃く出した。 ……出して、しまったのだ。 せめて自分が人型の巨人と変わらない姿をしていたら、母を庇うことも容易だったに違いないのに。 「そういうものなんですか……」 『私自身、四分の一の混血だからね。……寒ぅ……ねえシア、悪いけど何か羽織れるもの貸してもらえる?』 「いいですけど、小さくありませんか?」 それはもちろん小さい。しかしまったくの裸でいるよりはましだろう。 「これじゃああんまり変わりませんね。でも人のいるところに行っても、ハイネさんの身体に合うものが譲ってもらえるかどうか……」 おそらく無理だろうと思いながら、神妙にうなずく。 「仕方ありませんね、布だけもらって仕立てるしか……」 『そこまで迷惑をかけようとは思ってないよ。私はただ、ディスタと話ができないのはこれからの道行き不便だと思ったから人型に戻りたかった。まさか素っ裸でいるわけにもいかなかったから人型には戻れなかった。……でもそんなにあなたたちに負担をかけるくらいなら、私はずっと蛇の身体のままでいる』 正直、そろそろ何かを口にしないと倒れそうで――もう一度蛇の姿に戻れるかどうかさえわからなかったのだが、今は誰にも頼りたくなかった。 少女が信頼できる人間だということは理解していたが、それでも過ぎた依存は怖いのだ。 「でも……確かに大きいから大変かもしれませんけれど、そんな遠慮なさるほどの大仕事じゃありませんよ?」 『だって、そこまでしてくれる理由がない』 思わず顔をしかめて呟いたハイネに、シアが嘆息した。 「そんなこと言うんですか……確かに、まったくの無償奉仕というわけではありませんよ、けれどわたしが得るものはただの自己満足です、それも自分が救われたいがための。そんな動機のことなんて放っておいてください。お願いですから」 『自己、満足』 「そうです、だってわたしは、何もできなかったから。今も、何もできていないから……」 泣き出しそうな目でそれきり口をつぐんだ少女に、ハイネもまた無言で目を閉じた。 「――シア! シア、大丈夫か?」 シアと蛇が転がり落ちていった斜面に向かって声を張り上げるものの、返る言葉はない。不安に眉を寄せたクアイスの後ろから、長身――どころではない大きさの青年がひょいと下を覗き込む。 『ハイネならうまく計算してるとは思うけどな、一応迎えに行くか』 暢気なことを言う巨人の男に苛立ちが募るが、それを面と向かって言うだけの気概はクアイスにはなかった。 彼が情けないのではない。文献で読んだことがあるからといって、こんな、明らかに自分たちとは違うものをあっさりと受け入れるシアのほうがおかしいのだ。 目の前の男を恐れているのだということを認めたくはなかったが、やはりすんなりと打ち解けてしまうにはためらいがあることも事実だ。 ――だってこんな、明らかに人の範疇を越えた巨人を…… その怯えこそが巨人たちを苦しめる原因だとは、知る由もなかったのだ。 |
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