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巨人族の章、一 |
湿った地面の匂いと冷たい空気にうながされ、ディスタは意識を取り戻した。いつもならすぐさま目を開けて跳ね起きるところだが、今回ばかりは身体が重くてたまらない。酒の飲みすぎか、とまったく関係のない仮説を立てた直後、ディスタは意識を失う前に自分がどのような状態に置かれていたかを思い出した。 最初に、滞在していた集落が獣の群れに襲われたのだ。彼がずっと道程をともにしてきた老人と、集落の娘シスとを宿屋に置いて、ディスタは蛇の巨人ハイネを迎えに行った。人型の巨人たちに迫害され、ここ一年ほどで急激に数を減らした異形の巨人が白昼堂々歩くには集落は狭すぎた。 時間を潰すためと称して、ディスタはハイネと軽く剣を打ち合わせていた。異形の巨人共通の身体能力の高さもさることながら、ハイネ自身の素早さは見事なもので、ディスタもそれには手を焼いた。 しかし、彼が優勢だったのだ。地面の大きな揺れに誘われてハイネを傷つけるほどに。ハイネの剣はどんなに揺れてもディスタには届かなかっただろう。あんなものに押されてハイネを傷つけたとは、悔やんでも悔やみきれない失態だ。 あのときは混乱のきわみに達していたため分からなかったが、今ならば言い切ることができる。――あの大地震は、オルテツァの怒りなのだ。ただし、人々の言うように異形を捧げれば鎮まった怒りではなく、反対に異形の巨人を減らしていったからこその報いだ。原初の巨人とも言われる、人型の巨人たちよりもずっと自然との調和に優れた神の愛し子。彼らを殺せばオルテツァが黙っていないだろうことに、なぜ誰も気づかなかったのか。 神々の息吹が宿る自然と会話することも出来たという異形たち。彼らのために嘆き哀しむ大地こそがオルテツァであり、世界そのものである。その第一の友人、最初の子供を迫害する巨人たちを、誰も許さない。 自分たちは、それに気づくべきだった。 ディスタは異形の迫害には興味がなかったが、だからといって罪から逃れられるというものでもない。異形に会ってみたいという願いは単なる好奇心からのものであり、異形たちの救いとはなりえなかった。人型の巨人族を迫害者と保護者に分けるとすれば、彼とて間違いなく迫害者なのである。 罪悪感は、容易く人の原動力となる。 あのとき手を差し伸べられなかった友の代わりにハイネを守り、自己満足を得ているだけなのかもしれない。しかし、傷つけたくないという思いは紛れもなく彼の心の中に存在する。 殺してやろう、とディスタは言った。生きるのに疲れたと、信じられるものはないと呟いたハイネに向かって――たとえ、発作的なものだったとしても。 いつか、殺してやろう。ハイネの生を望むディスタが消滅したときに。 それの到来がはるか彼方のことであればいいと、ディスタはそう思うのだ。 しかしハイネは間違いなく死を望む。死後の安息で家族に再会できることだけを願って。 彼女とディスタは生き残った。おそらくは、オルテツァの世界でたったふたり。ハイネは生き延びた。――異形の中で、たったひとり。 それなのに、どうして自ら命を捨てようとするのかがディスタには理解できなかった。 死んだあとには、何もない。愛、哀しみ、喜び――朽ちた身体は、それらを留めおくことができない。そんな簡単なことが、なぜ分からないのだろう。 後悔を死に繋げるようなことは、あってはならないのだ。忘れろとは言わない――しかし引きずられてはいけない。生者は生きる権利と義務を持つ。 生を他者に委ねることはできない。過ちを死で償うだなんて、馬鹿な陶酔の極みだ。投げ出した命が、時間を巻き戻して正しい道を歩むことなどない。 ディスタは疲労を吐き出すように溜息をつき、のろのろと立ち上がった。とりあえず今は空腹に悩まされているわけではないが、彼ははっきり言って短剣の一本も持っていない。ここがどこなのかもまったく分からないが、早めに人里に出るに越したことはない。……人里があれば、の話だが。 剣を手放したのが悔やまれる。小動物を仕留めることもできない。ハイネは剣を持ったままだったはずだが、彼女の姿は見当たらない。 背の高い樹木に遮られ、ディスタは何度も場所を変えてようやく太陽を見つけた。行く当てもないが、方角だけ確認して地面に書き記す。太陽は春の朝の位置にある。気温が不快を感じさせない程度に高いことから考えても、現在が見たとおりの季節と時間であることは明らかだった。 ハイネを探しつつ、見たこともないものばかりの花や木の実を眺めて選別する。信じられないことだが、本当に、まったくディスタの知識を外れた植物ばかりが生えているのだ。食用であるかは見かけで判断するしかないが、はずれを引く可能性も大きい。 『結局、食い物は調達がほぼ不可能……』 額に落ちる前髪をかき上げる。一日二日ならば食べなくても歩けるが、水の流れる気配さえ近くにはない。これでは、明日まで活動を続けられるか――。 異形ならば、木の実の毒性は分からないとしても、水のありかくらいは容易く探し出せるだろう。彼が飢えないためにはハイネを探す必要があった。ディスタは旅に慣れてはいるものの、見たこともない森の中にひとり放り出されて何日も生き延びられるほどたくましくはない。 異形は、ことに彼らを蔑視する者の間では、人と獣の混血として嘲られていた。そのこともあって、異形は同族以外の者に獣形態を晒すことはない。 それを考えながらごつごつとした山道を安定した足取りで進むディスタは、前方に影の中でなお輝く黄金の蛇を見た。 自然界に生息するものとも思えないその蛇――人間と同じ質量を持っているかと思われるような巨大な蛇は、するするとディスタに近寄り、緑の双眸で彼を凝視したのだった。 「ハイ……ハイネ……」 長大な身体がとぐろを巻いて鎮座する。少々のことでは動じないはずのディスタだったが、この彼女の異質な姿には絶句せずにはいられなかった。 蛇の形をとったハイネは、ディスタの左腕に巻きついて居心地よさげに蠢いていた。どうにか耐えていられるものの、少なくとも子供ひとり分はあるだろう。獅子や虎など大型の獣ならばともかく、蛇が人間と同じ質量で出現したらその大きさは相当なものだ。人から蛇への変化を遂げるときにある程度の熱量は外に放出されるだろうが、そうなると今度は人型に戻ったときに例外なく空腹で倒れるらしい。体裁が悪い、というのも、異形が人前で形態変化しない理由かもしれない。 ハイネはディスタよりさらに悪い状況に置かれていたらしかった。蛇の姿をとったときに衣類の何もかもがどこかへいってしまい、剣も見当たらない。 『おい、お前どうするんだよ……』 どういうわけか、蛇の姿をとったハイネとは精神波による会話が成立しなかった。巨人よりもさらに感性の発達した異形は、言葉を必要とはしていないのだろう。 『どっかで着るもの調達してきたら、人に戻るんだろ?』 それにはどこか人の住むところを見つけなければならなかったが、それにもハイネの力を当てにしていたディスタは途方に暮れた。 ただ闇雲に歩いても、今よりもっとひどい環境に足を踏み入れることになるかもしれないのだ。しかしどちらの方向へ行けば生き延びるすべが見つかるのかもさだかではない。 『どうするよ、ハイネ……』 ハイネの尾がディスタの腕を打った。明るい緑の瞳は、何も変わっていない。どうにかして存在するはずの感情を読み取ろうとふたつの輝きを覗き込んだ。 『……どっちだ? 西……はこっちだな。本当にこっちでいいのか?』 意思が伝わっていても、ハイネの持つ情報のすべてはこちらに届かない。原始的な手段で意思の疎通を図ると、かろうじてハイネが西へ行けと言っていることだけ感じ取れた。 『西、か……』 幸い日は昇ったばかりで東を指している。目印にはことかかない方角だった。 『まったく……しょうがないな』 ハイネの祖父である老人といい、蛇のハイネといい、どうして自分は厄介なものを背負いこまなければならないのだろう。 ディスタはいつになく活力をみなぎらせた己に苦笑しながら、ハイネを巻きつかせた腕をこころもち持ち上げて西へ向かった。 しばらくの気まずい沈黙があった。 クアイスが驚きを通り越して唖然とするほどに、シアの歩みは遅れを知らなかった。いつもは決して足腰が強いとは言えないシアは、息を切らしながらも規則正しく山道を進んでいく。 いつもならば美しく背中に流れていくはずの黒髪が、今は決して手の届かない夜空の深淵のように無秩序を誇っていた。ともすれば周りの茂みに絡みそうな髪の毛を束ねようともしないのは、やはりシアが焦っているからなのだ。 「……シア」 クアイスはおそるおそる声をかけた。振り返ろうとしないシアに、重ねて呼びかける。 「シア、ちょっと」 ほっそりとした背中が苛立ちを隠しながら立ち止まる。息を弾ませて、線の細い顎を引き、かすかに上気した頬で呟いた。 「……クアイス……。なあに?」 「髪の毛、束ねてやるよ……ほら」 クアイスは黒髪の恋人を招き、懐から取り出したくたびれた紐を掲げるとシアの髪の毛を手で梳きはじめた。 慣れない手つきに、シアが微笑んだのが分かった。いつも彼女が使っている、ノアからの贈り物である飾り紐とはまったく違う、色の褪せた長い紐だ。洗濯紐のようだとクアイスは思ったが、それしか持ち合わせていないのだから仕方がない。 陽射しを背の高い木々に遮られて少し濡れた黒髪は、水のような質感を持って指の間を潜り抜けた。先の先までたどっていっても痛みのない真っ直ぐな細糸を注意深く持ち上げる。シアが活動するときに自分で結うのと同じ位置に髪の毛が固定されるよう紐を引き絞った。 「……ありがとう」 シアは顔だけをクアイスに向けて囁いた。彼女らしくもないふてくされた面持ちだ。もう何年も見ていない、子供のような表情で、決まり悪そうに言った。 「わがままを聞いてくれて。ありがとう、クアイス」 「わがまま……って、それは」 「ノアの行き先に心当たりもないのよ? ただ、じっとしていられないという理由だけで……私が、先走ってしまったんだわ。あなたにも迷惑をかけた。ごめんなさい……」 後悔の表情は、自分の軽率な行動に対するものなのか、それともノアの行方を推察することもできない自分への苛立ちなのか、クアイスには判然としなかった。しかしシアの従妹は誘拐されたのであって、彼女に行き先の見当がつかなくてもそれはどうしようもないことだ。シアが悔やむことではない。 ただ、自分たちがノアを追わなければ、少女がどんどんと集落から離れていくことは必至だった。司祭たちはノアとシアが賊の手引きをしたのだろうと疑っており、ノアの捜索隊を出そうとはしないだろう。シアが後先考えずに飛び出してきたのは、その点だけを見れば結果的に正しかった。 しかし――問題なのは、シアの身体にかかる負担と、何の準備もなく集落を出たふたりの当面の食のことだった。クアイスもシアも水袋ひとつ持ち出してきてはいないし、シアをそろそろ休ませないと大変なことになる。シアが倒れでもしたら、ノアが見つかったとて叱られるのはクアイスなのだ。 「確かに、一度集落に戻ってあらためてノアを探しに出たほうがいいとは思う」 「ええ……」 「でも、そうすると今度はノアとの距離が開く。それに、シアも戻りたくないだろう?」 シアがうなずくのを確認して、彼は続けた。 「だからとりあえず、朝になるまでどこか適当なところで休んで、それからまたノアを探せばいい。こう暗いと、危ないことこの上ないからな」 「そう、ね……当てもないまま探していても、私たちが疲れるだけね」 闇雲な探索は、下手をすると距離の問題よりももっと深刻な遠回りを引き起こす。集落に戻るという選択肢を自分たちの手で潰した以上、少しでも体力を温存するのが賢い動き方というものだ。 シアはほうと気の抜けた溜息をつき、クアイスの片袖をそうっと握って影と闇のあいまいな境界を眺めた。 「どこで休めばいいのかしら? 寒くは、ないけれど……」 「でも、乾いてるところがいいな」 「私も賛成だわ。少し難しい注文だけれど」 シアの声音に、クアイスはどこか沈んだ、疲れた調子を感じ取る。 彼女が、負担を抱え込んでいないわけがないのだ。幼い頃から身体が弱かったシアを、クアイスは知っている。そのせいもあってか、シアはノアに頼りきりの印象が強い。 自分を省みずにノアを追っていく姿が、残酷に見えるときもある。ノアには到底敵わないと痛感する。知りたくなかった。こんな形で二人の絆を示されることを、誰も、望んでいなかったはずだ……。 「シア……あそこで休もう。喉、渇いてないか? 俺、水を探して――」 「大丈夫よ! 夜明けまでなら我慢できるわ。行っちゃだめよ……」 クアイスの指さした深い横穴に向かいながら、シアが消え入りそうな声で呟いた。 「嫌よ……クアイスは私と一緒にいてくれるんでしょう?」 生暖かい風が、首筋を吹き抜けた。 春闇の間を行き交う、無数の無音。ひたひたと近づいてくる沈黙。 シアは怖れているのだと、それを思った。そこまで頼りにされている自分が、嬉しくてたまらない。 クアイスは暖かなシアの手を握った。冷え切った武骨な手のひらに流れ込む熱は貪欲に吸収され、鼓動へと直結して血を巡らせる。何度となく交わした抱擁と同じだけの体温。 青白く血管の透ける雪白の肌を、木々の隙間から滑り込む見えない月の光線が刺していた。 傷つかない。それが、シアのためにクアイスができるすべてだった。護られることよりも他人を傷つけないことを優先するシアの隣にいるために。 自分の身を犠牲にして恋人を護るなどという陶酔の極みを、シアは必要としてはいない。むしろ、疎んじてすらいた。だから、彼女に擦り寄る幾多の男の中からクアイスを選んだのだ。彼自身の身を護ることを第一にする、はたから見れば自己中心的この上ない誓いを立てた青年を。 傷つかない。それは彼の絶対的な自信だった。その上で、さらにシアを護ってみせる。シアの望みを叶えながら、その彼女の身も護ってみせる。 容姿にも体力にも芸にも、秀でているとは言えないクアイスが誇れることはそれだけだった。たった一人の女性を、包み込むように護ることができる……それは強烈な自負となってクアイスを支えていた。 「一緒に……いるよ」 横穴の狭い入り口をくぐりながら、クアイスは呟いた。思ったよりも広い内部に安堵の息を吐き出す。 シアの手を引いて、二人一緒に座り込んだ。 「最初にそれを望んだのは、俺だろう?」 低い嗚咽の声が聞こえる。 片手で口を塞ぐシアを覗き込むと、暗がりで透明な涙が頬を伝うのが見えた。 五感すべてがシアの存在を感じていた。ほのかなぬくもりとともに、互いの血の巡る音が響き渡る。 「ほんとうにありがとう……」 シアはクアイスの肩に頭から凭れ、熱に浮かれたような声で囁くと目を閉じた。 『愛しさ』という名の奔流がクアイスの内を突き抜けた。壊れ物を扱うように、しかし強い力でシアの華奢な身体を引き寄せる。背中に腕をまわして抱き締めるのへ、シアが身体を預けた。 「ありがとう、クアイス……あなたがいてくれてほんとうによかった」 涙に濡れた声で、呟く。 「あなたがいなくなっても……私は迎えに行くわ。あなたにだけは傷ついて欲しくないから……」 「約束、しただろう?」 シアが、誰かが自分のせいで傷ついたなどという思い込みに苛まれないように。 「俺は絶対に傷つかない。シアを、傷つけもしないって」 翌朝シアが目覚めると、クアイスは横穴の中にはいなかった。明け方のまどろみの中で、水を探しに行くという声を聞いたような気もする。いずれにせよ、そう長くはかからないだろう。そんなに長い時間、クアイスが彼女をひとりにするとは考えられなかった。 シアが小動物のように穴から這い出すと、朝日はもうかなり高くまで昇り、降り注ぐ陽射しが暖かかった。しかしあれだけシアが安眠できたのはきっと、クアイスが抱いていてくれたからなのだろう。 祭りが終わったら、お互い親のところへ正式な挨拶に向かう予定だった。もちろんシアの親はクアイスのことをずっと昔から知っているし、それはクアイスの両親も同じことだったが、婚姻を結ぶときにはそれなりの作法があった。 クアイスはどうひいき目に見ても、今までシアが見てきた男たちの中では見劣りのする容姿をしていたし、周りから頼りにされているところもない青年だったが、まるでシアと結ばれるために生まれてきたかのように彼女の求めるものを見抜き、与えてくれた。 傷つかない。シアに、罪悪感を残さない。 それが、祭りの舞姫を務め、その中で数々の青年に言い寄られたシアの望むことだった。理解してくれたのはクアイスだけだった。 シアはまず髪の毛を梳くと、昨日クアイスが彼女の髪を結った紐を取り出した。 薄汚れてみすぼらしささえ感じさせる地味な紐だった。しかし、ほかならぬクアイスの紐だということがシアの心を弾ませる。 クアイスから贈り物をもらったことは何度もあった。そのどれもが、シアにとってはなにものにもかえられない宝ものだ。 「クアイス――――」 ひっそりとした森の中、シアはきょろきょろとあたりを見回しながら擦り歩くように進んでいく。 「……クアイス……」 シアが耳を澄ますと、かすかに人の足音のような重量を感じさせるがさがさという音が聞こえた。水を探しに行ったクアイスだろう。 足音の聞こえた方向へ、シアは小走りに駆けていった。がっしりとした後ろ姿が見えたところで息を潜め、そろそろと近づく。 「クアイス、おはよう。私、寝過ごした?」 クアイスは一瞬驚いた様子で振り返り、すぐに眩しい笑顔を浮かべた。 「おはよう、シア。顔洗うだろう? これ使えばいいよ」 差し出された上着に、シアは首を振った。 「クアイスの上着じゃないの。だめよ、使えないわ。……ところで、この水は飲めるの?」 「どうだろう……沸かしたほうが安全だろうけど、道具もないし……」 「なんだか、私たち間抜けね……」 シアは大きく溜息をついた。 「クアイス、何か持ち出したものはある?」 「……食べるものは少しあるけど、食べるとますます喉が渇くな」 「そうね……」 思いもよらなかった難問に、シアは肩を落とす。はっきり言って、シアは集落から出たこともほとんどない。せいぜいがリスルに会いに行くぐらいだ。後先考えずに飛び出した自分が恥ずかしい。 「どうしましょう。お水、飲む?」 「俺は平気だと思うけど、シアが身体壊したら困るな……」 クアイスは静かな流れから水を掬い、わずかに口に含んだ。 「私も……飲んでいい? だって、ここの他にもっと綺麗な水が見つかるかも分からないでしょう?」 しばらく考えこんだ後にクアイスがうなずくと、シアはおそるおそる流れから水をとって口をつけた。 「大丈夫よ。私もう、そんなに身体弱くない」 「そう、ならいいけど……」 安心させるように微笑んで見せて、シアは清い流れの傍らに座り込んだ。 「ご飯、食べましょう。お腹が空いていてはノアも探せないわ」 煮沸しない水を飲んだからどうだというのだろう。覚悟を括ってしまえば、驚くほど冷静に振舞うことができた。 穏やかな時間を演出しようとするシアに、クアイスも腰をおろして幾ばくかの食べ物を取り出した。 のどかに食事をはじめようとした二人だったが、そこへ、新たな闖入者の影が伸びたのだった。 頭の中心を貫かれるような衝撃を感じて、シアは地面に手をついた。 二人が人影を見上げると、それは彼女たちが見たこともないような大きな男で――さらには、腕には金の大蛇を巻きつけていたのだ。 「いや……誰……?」 はるか高みから見下ろされ、シアは怯えた声を上げた。 『やっと人が……』 男は、シアやクアイスとは比べものにならない疲労を若々しい面に滲ませて呟いた――――否、それは声ならぬ声だった。 頭の中へ、直接訴えかけられている気がする。 「大地の子……」 シアは神殿で漁った文献の内容を思い出しながら、眉を寄せて呟いた。 「大地の子? 何だ、それ?」 「巨人族の、ことよ。古の三世界の一、オルテツァの土の太陽の時代に生きていた種族だわ。言葉を介することなく意思の疎通を成立させていた、無垢なるゆえの高等種族」 うわごとのような説明に、クアイスがけげんな表情で男を見つめた。 精悍な大男が金の蛇を携えて聳え立つ様子は、二人に伝承の中の大地の神オルテツァを思い起こさせたのだった。 |
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