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水の太陽の章、三

「あたしが歌姫になった最初の年のことだった」
 もともとノアは信心深いほうではなかったし、神殿との縁も薄かった。しかし、その年の舞姫はリスルで、彼女は右も左も分からなかったノアに神殿での振舞い方を教えてくれた。今は女性とは思えない髪の毛をして踊っているというリスル。彼女は集落でも一番気性の激しい少女だった。リスルに比べれば今の十八歳を娘らしからぬ集団にしたと評判のノアも子供のようなものだ。しかしあの頃からリスルの舞は奔放で、水の女神ユギリアイナに捧げられるものとは思えないほど情熱的だった。シアとはまた違った美しさ、力強さを持った舞が大好きだった。その頃、ノアにとって一番近しい人だったのはリスルだったと言える。
 友人達にも、シアにも、リスルの一番の友人と言われていたアリカにすら見せずに、ノアのためだけに舞ってくれたリスルはとてもしなやかで美しかった。
――あいつは、私を置いてさっさと嫁に行った女だからね――
 アリカのことをそう評し、それでも苦さはなく笑っていた。
――あんな男のどこがいいのか私には分からない――
 そう言ったリスル自身、翌年は舞姫をやめて隣の集落に嫁に行ったのだが。
 リスルが結婚しなければ自分は舞姫にはなれなかったと、シアはリスルの舞を見つめて感嘆の溜息をついていた。
「リスルさんっていう……舞姫と一緒に、儀式をしていた」
 神殿の中庭が黒く埋まるほど人が集まっていた。
 初めて味わう感覚に酔ったようだった。高舞台に立って、集落の人々を見下ろしている自分。あの中に両親もシアもいる。皆、たった一人の歌姫を、たった一人の舞姫を見つめている。そう思うだけで足が震えた。本当に、水の女神の加護を取り戻すことが出来るのか。……そう思うだけで目の前が真っ暗になった。
 私の分まで女神に尽くして。
 そう言ったシアも、見ている。誰よりも柔らかく穏やかに、流れるように舞いながらリスルの熟達した舞に負けを認めた大事な従姉が。
「歌い始めたけど、身体中が熱くて、声が出ているのか自信がなかった。前の年の祈祷は成功しなかったからあたしもリスルさんも特別気張ってたんだ。リスルさんはさすがに、それを表に出すようなことはしなかったけど、あたしはずっと不安で……アリカさんに出来なかったことがあたしに出来るとは思えなかったし、事実、災いは祓えなかった」
 そして起きた。忌まわしい出来事。二度目の災厄。リスルが隣村に夫を見つけたとき、喜んで厄介払いされた理由。
「中庭に、タチの悪いはぐれ者の集団が乱入して……人がだいぶ、斬られた」
 ノアががたがたと震え出すと、ユアスが地面に鞘に入ったままの神剣を突き立てた。その先は、ある程度予想がつく。
「高いところに居たあたしとリスルさんは目についた。て言っても、あたし達のところに来るまでには人を押しのけなきゃいけなくて、それでまた死人が出た。それで……多分あんたとは違う理由で神剣を奪っていこうと思ったんだろう、舞台に上ってきて、リスルさんの……リスルさんの右腕に斬りつけて! リスルさんは神剣で防いだけど、はぐれ者はどんどん上がってきた。皆、もちろん応戦したけど余裕がなかった。あたしも斬られかけた」
 神剣の鞘をよくよく見ると、ちょうど剣先と鍔元の中間辺りの装飾がちぎれ飛んでいるのが分かった。そこだけがぱっくりと割れ、銀の刀身が覗いている。
 ノアの表情が引きつり、震えはひどくなっていく。斬られかけた。その続きと、白い頭髪の意味するものはもはや明白だった。
「あたしを庇った奴がいた。武器も持ってないのに、あたしと賊の間に割り込んだ奴がいた。馬鹿な男だ、腕で賊の振った剣を受けたんだから! まず左腕が飛んで、肩が斬られて、腹も裂けた……あたしが覚えてるのはそこまでで、目が覚めたらもう賊はいなかった。神剣は無事だった。大量の亡骸を、まとめて葬ってるところだった。どこにも、手厚く葬る余裕なんてなかった。前の年は作物が育たなかったんだから。あの男の遺体ももう穴に投げ捨てられてて……遺ったのは、あの男の部屋から出てきた手紙だけだった」
 確かに求愛の言葉が刻まれていたあの手紙。
 ノアは自嘲するように俯いて笑うと、ユアスを見据えて言った。
「もうわかったでしょう、陳腐な話だ。あたしは恋人を殺されて気を失った、目が覚めたら髪の毛からは色が抜けていた」
 向かい合わせに座ったユアスは、同情はしていなかった。

 どこにでもある話だ。
 ありふれた、とは言わないが、何かの事情があって集落を追い出されたはぐれ者が集団を作って村を襲うというのは、よくあることだ。
 ノアは、当時の呆然とするしかない状況からはもう抜け出したのだろう。
 しかし――なぜ、大切な人間を殺めたはぐれ者と、今向き合っている?
「……もう、気にしてない」
 力のこもったユアスの視線を受け、ノアが笑った。目元が不自然にゆがんでいた。
「記憶はもうおぼろげだよ。ただ忘れることに罪悪感を覚えるだけだ。あたし自身はちっとも傷つかない。それにおまえは野賊じゃない」
 それでも、その罪悪感にずっと苦しめられているのだろう。
 忘れることに、自分だけが傷つかないことに、ノアは苦しんでいるのに。
「怖くない。怖くないよ、おまえはあたしに斬りかかったけど、殺意はなかった。分かったんだ、あんたは――はぐれ者とは違うって……怖くなかった。こんなの、初めてだった」
 確かにユアスははぐれ者ではない。
 遡れば水晶域の主である男に行き着く。かつての土の世界の主神オルテツァの恵みを受け、水の世界においても栄えていておかしくないはずの一族。神剣を奪われたためにはぐれ者にまで堕ちた者達。
 ノアを恨むことが出来ないのは、自分も同じだ。
 神剣を奪い、ユギリアイナの儀式に利用しているノアの集落の人々を呪っていた。あの美しい場所を、豊かな地を、スラガの剣消失によって失ってしまったのだ。それなのになぜ、ノアを追い払うことが出来ないのだろう。殺すとまでは言わない、しかしノアから離れなければいけない。
「俺ははぐれ者じゃない……」
 ユアスの言葉にノアが無言で頷く。
「俺の父親が今俺達を束ねてる。でも決して略奪や殺人はさせない。水晶域の一族の誇りにかけて、それはさせない。俺はそんな父さんの期待に応えたい……剣を、取り戻すことでな。剣があれば一族は再建できる。俺達ははぐれ者じゃない。ただ、自由なだけだ。父さんは族長として立ってはいるけど、支配はしていない。……でも、父さんは一度だけ一族から人を追い出して、殺した」
 ノアが身じろぎせずに耳を傾ける。今度はユアスの番なのだ。もうすぐ夜が明ける。しかし二人とも、そのときのことは考えてはいなかった。選択肢は一つしかない。ノアは集落に戻り儀式を行う。ユアスは父の元にスラガを持ち帰る。
 では、スラガの剣――神剣は、どちらがその手に収めるのだろう。
 しかし二人の頭にそれはなかったのだ。
 ある意味傷の舐めあいに似ていると思った。一夜限りの愛にも似ていると思った。憎むべき理由がありながらこうやって語らっているこの感情を何と呼ぶのか――
 ユアスもノアも、それを知らなかった。
――母が虜にされた狂気だとは知らなかった。
――幾人もの歌姫を攫っていった病気だとは知らなかった。


「母親は四年前に自殺した。一言で説明出来るんだ、『父さんが掟破りで追い出した男の後を追って自殺した』……ってな。随分前から、その男と関係があったらしい。追い出されたそいつは、すぐに……これまた、自殺したらしい。それを見た母親の髪の毛から色が抜けた。…………馬鹿じゃ、ないのか」
 自分から命を捨てるなんて。未来を捨てるなんて。道を絶つなんて。
 理由もないのに。
 それが許せなかった。母親が誰と逃げようと父を裏切ろうと、そんなことは知らない。ただ一番楽な選択肢が消えたとなると途端に生を放棄するような、そんな人間が許せなかった。
 諦めなければ叶うはずだった。そのための時間は充分にあった。時間切れで夢を捨てた幾多の人々とは、違うはずだったのに。
 彼らの両目は閉ざされていた。歩みたい道が途切れたのを目にすると、もう自分達に何も残されていないような錯覚に襲われ、そして自ら命を絶った。
 許せな、かった。
 ユアス自身も、その怒りの理由を把握できていなかった。ただ静かに湧き上がってくる怒り。砕け散った命が風に吹かれた瞬間、この手で殺してやればよかったとさえ思った。
 自分達が、はぐれ者との汚名を受けながらも生きているというのに、水晶域の一族の誇りを踏みにじられても生きているというのに、何故あんなにもあっさりと死んでしまえるのか。
 大地の底で一緒になれるとでも、思ったのだろうか。細く頼りない絆を手繰り寄せても、死後に出逢うことはない。それを、知らなかったのだろうか。
「確かにあの人は俺の母親だったんだ、それなのにどうしてだ? 俺と父さんを捨てるだけならまだいいさ、でもどうして死んだりする?」
 ざわりと鳴る夜の木の葉に、ノアが身を縮めた。顔をゆがめて神剣を握り締めたユアスの――表情の、鋭さ。
 どんなに外見が優しげなごく普通の少年でも、彼ははぐれ者なのだ。母を亡くし、拠りどころとなるべき集落も持たない――放浪するほかに道のない神の手に選び取られた、ノアと同じくらいの少年。
 それを忘れていた。彼がノアに執着したのは、母親――髪の毛から色の落ちた母への思慕の念が多少なりとも残っていたからだ。それなのにノアは、ユアスのそんな甘さを利用して神剣を取り戻して帰ろうとしていた。
 どんなに策を尽くしても、ユアスの甘さにつけ込んでも、ノアは剣を集落に持ち帰ることは出来ないだろう。食べる物が足りず子供達の泣き叫ぶあの冬が、またやって来る。
 それなのに分かってしまう。神剣が自分達のものだと言い張るユアスの心情が。本当に神剣を神殿に安置しておいていいのだろうか。明らかに正当な所有者としての証を持つユアスから、剣を奪ってまで。
 ノアは溜息をついて湿った木の根に寄りかかった。

――――水の女神、慈愛の神ユギリアイナよ
     水の慈しみ受けたる民の嘆きを
     地の神に捧げたる剣の力を
    女神よどうか見捨てることなかれ――――


 自分の体力や服装を考えずにひたすら歩くシアは、何度もつまずいて裾の長い衣を泥だらけにしていた。こんなに乱れた格好をしたシアを見たのは四つの時以来だな、とクアイスは後ろからついていきながらぼんやりと考えていた。
「シア、ノアの行き先も分かってないのに歩くのはかなり無謀なんじゃないか」
「それでもね、行かなければいけないのよ。私は……あんなところにはいたくないし、ノアをいつまでも賊と一緒に置いておくわけにはいかないの。神剣も取り戻さなければいけないでしょう? クアイスは帰ってもいいのよ、私はノアを見つけるまでは帰らないわ」
 自分が神殿に侵入した賊の手引きをしたなどと馬鹿げたことを言い出して、責任をすべて舞姫に押し付けようとした司祭達の所業を思い出し、シアはぐっと口唇を噛む。
「あんな人間が神職についているなんて間違っている。ユギリアイナは彼らをお許しにはならないわ。クアイスもそう思うでしょう」
「まあ……シアが濡れ衣を着せられたのは事実だな」
「あたりまえよ! どうして私が神剣盗難の手引きなんて! 私は……アリカさんとリスルを、知っているのに……」
 アリカとリスルが儀式を執り行った年の凶作……そのときシアは、集落の人間に責められてぼろぼろになった二人の心を見つめてきた。本当は自分が舞姫をやりたかったと思っていた……しかし、二人が苦しんでいるところを見て、シアは思ったのだ。
 自分が舞姫になっていたら、今責められているのは自分だったかもしれないのだと。
 そう思うと、舞姫の座さえ惜しくはなかった。心のどこかでほっとしている自分がいた。
 自分はどうしようもなく弱くまた脆い、醜い人間だと……そう、思っていた。
 次の年に、アリカは歌姫をやめたが、リスルは再び舞姫としてノアと共に儀式を行っていた。まだ凶作の影響の残る年、それでもリスルは逃げなかった。
 その年の儀式は成功したが、それはアリカにかわって歌姫となったノアの功績とされていた。しかしシアは知っている。リスルの舞がどんなに得難い美しさと生命の輝きを持っていたか。彼女の舞いに背中を押されるようにして、シアは翌年舞姫となった。大切な従妹と儀式を行えるのはリスルのおかげだった。
 あのときの苦しみを知っているのに、どうして自分が神剣を盗んだりなどしようか。
「それは……知ってる。あの……アリカと、リスルのこと」
 リスルが結婚して集落を出たのは断じて逃げなどではないし、アリカもシアもそんなことを言う輩は容赦なく糾弾した。リスルが嫁いだ直後は、二人とも精神状態が大層不安定で、隣で舞っていた舞姫をなくして同じ悲しみを抱えていたはずのノアに当り散らしてしまった。
 大切な人を――自分にとってのクアイスを喪った、そして二度目の災厄に怯え、震えていたノアに。
 そんな罪悪感を、シアはたくさん抱えて生きている。自分が傷つくことなく、大切な人に痛みを負わせて生きている。
 またいつか誰かを傷つける――しかも、自分の盾として。そう思うと、どうしようもなくおそろしかった。
 だから最初は、クアイスという人間が大嫌いだった。
 いくら拒んでも拒んでも近づいてくる人。特に集落の中で目立つような容貌や性格をしているわけでもないのに、最後まで拒絶することが出来なかった。いつの間にか目が向くようになっていた。どこにいてもすぐに見つけることが出来る濃茶の髪の毛に、常に穏やかな光をたたえた黒い目が……シアに、言った。
――シアが誰も寄せ付けないのを見て、こんな冴えない外見でも、とりたてて凄いところのない俺でも、もしかしたら受け入れてくれるかもしれないと思った。今から言うことは俺がシアを見ていて、一番シアが求めてる言葉だろうと判断したものだから、聞き流してくれていい。
 そのときに、心臓が跳ね上がるのが分かった。
 いつも目は彼を追っていながら、視線が合うと逸らしてしまうその感情。

 幾人もの女を
 そして男を虜にした
 絶えることのない病
 抗うことの出来ない波

――それを 恋と 言う――

――俺は絶対に傷つかない。シアは誰も傷つけてないし、俺はシアを庇ったくらいで傷つくような繊細な神経はしてない。怖がらなくてもいい、約束する、俺は傷つかない。

 求めていたものは自分を護ってくれる暖かい腕ではなく、
 ただ愚かな思い込みを破砕するひとつの言葉。

――護ってもらえなくてもいい、あなたが傷つかなければ。

「だからシア、俺は……疑ってない、けど司祭に何も言えなかった」
 シアが唐突に立ち止まり、黒髪を翻してくるりとクアイスを振り向いた。
「知ってるわ。あなただけじゃない、皆私のことを信じてくれてるって知ってるの。司祭様の醜い保身を本気にするほど、私達おちぶれてはいない。そうでしょう?」
「だったらどうして逃げてきた?」
「逃げたんじゃないわ、ノアを探しに来たのよ。ノアがいなければどのみち儀式は出来ないし、あの司祭様のところで舞うのが嫌だったの」
 大切な従妹。自分の制止も聞かずに飛び出していった無鉄砲な少女。賊に連れ去られるような気性ではないと思っていても、大の男に敵うはずもない。
 居所も分からない。ただ、遠くへは行っていないだろうことだけしか。
「ノアは私を庇ったのよ」
 神剣ではなく、シアを。そう確信する。
 三度目の災厄を怖れて舞うことをやめたシアを責めもせずに、一人で歌姫の選抜に望もうとしていたノア。大好きだ。自分などよりもずっと強い、強い従妹。
「ノアを迎えに行くのは私の役目だわ、今も、昔も」


「さて、行くか」
 ユアスがふっと視線を浮上させ、神剣を杖がわりに立ち上がる。随分とぞんざい扱いだ、と思ったが、口には出さないでおいた。
「どこに?」
「父さん達が待ってるからな」
「……あたしも!?」
 顔をしかめてずるずると立ち上がるノアに、ユアスがむっと不満そうな表情で睨むような視線を向けた。先刻までの怖いくらいに真剣な表情とはうってかわって、子供じみた、わがままな顔だった。
「あたりまえだろ」
「何があたりまえだよ、あたしは神剣を持って集落に帰るためにおまえについてきたんだ」
「スラガを渡すわけないだろ!」
「しょうがないじゃないか、こっちにだって必要なんだ」
「……おまえたち、うるさいぞ。近くに人間がいたらどうする」
 夜鳥の声を掻き消すほどに声を張り上げ言い争う二人の間に、低い声が割って入った。ノアが頭上からの声に顔を上げる。
「父さん、……スラガ、取って来た」
「……これが、スラガ…………ユアス、貸せ」
 男――ユアスの父親は日に焼けた腕で神剣を持ち上げると、その黒い目を細めて剣を鞘から抜き放った。
「間違いないな、やったじゃないか、ユアス」
 弾んだ声が存外幼いことに気付き、ノアは月の光に逆光となっていた男の顔を眺めた。
 間違いなくユアスに遺伝したと思われる童顔だった。黒い目が闇の中で子供のように輝く。その様子が、ユアスにそっくりだった。
「だろう?」
「でも、なんだか知らないがおまけがついてきてるな」
「おまけ!?」
 とんでもない言い草だと、ノアは抗議の声を上げた。特に小柄というわけでもない身体を精一杯伸ばし、男に見せ付けるようにする。
「おまけって言うか……母さんに似てたから、思わず連れてきちゃって」
「ほう、そうか。確かに似てるな、髪の毛だけ。で、誰なんだいったい」
「スラガを祀ってた神殿で儀式をする歌姫らしい。すごい感覚なんだよ、実は気付かれて追われてさ」
「はっは、そりゃあいい。随分威勢のいい歌姫様だな」
 豪快に笑う男に、ノアは呆気に取られてユアスを見つめた。どこか誠実で真面目な印象の漂うユアスとは、外見はともかく中身は大違いだ。
「ノアっていうんだってさ。で、どうすればいい?」
「ん……どうするか。とりあえず連れてくか?」
「ちょっと、勝手に決めるな!」
 二人の間に割り込んで声を張り上げたノアに、二対の目が向く。よく似た親子だ。
「どうした、ノア」
「どうしてあたしがおまえたちと一緒に行かなきゃいけないんだ!」
「でも、手ぶらじゃ帰れないんだろ?」
「だから何!? おみやげでもくれるっていうの?」
「スラガ以外ならやってもいいけどな」
 無造作に言い放つ男に、ノアは両手を握り締めて怒鳴った。
「ふざけてんのあんた!?」
「ふざけてなんかいないさ。スラガは渡せない、それだけだ」
「こっちだって譲れないんだってば、明日は儀式があるんだから」
 男は子供のように繰り返すノアを真剣な瞳で見下ろし、静かに囁く。
「今スラガをおまえに返したとしても、俺達はまた頂きに行くぞ? 警備が厚くなってようと関係ない。それとも、明日が凌げればいいのか? 来年の歌姫は自分ではないから、どうなろうと構わないって言うのか?」
「――そんなわけない!」
 ただ自分の担当する年だけ凌げればいいなどという醜い保身は、絶対にしない。
 しかし、確かに彼らが神殿に押し入ってきたとしたら、集落の力では防ぐことは出来ない。今神剣を取り戻したとしても、また同じことが繰り返されるだけだ。
 そもそも、オルテツァに捧げられていたことが確実である神剣が、ユギリアイナの神殿に奉納されていたのはどういう理由なのだろう。
 ノアは決して一般人に開放されることのない神殿奥を思い浮かべながら、かすかな頭痛と共に思い出だす。
 否定したい、たった一つの仮説。
 しかしそれを否定してしまうと、今度こそ最も考えたくない事実に行き当たる。
 神剣はユギリアイナの祭具ではないのだから、豊作も凶作も歌姫と舞姫の力量一つなのではないかと。
 凶作を招いたのは、アリカとリスル――そして賊の襲撃を招いたのは、ノアとリスルなのではないかという……重過ぎる罪の輪郭が、見えてくるのだ。
 そしてノアはそれをゆっくりと口にする。
「あたしも行く。おまえたちのところに、連れて行って」
 無意識の罪逃れ。
 自分の背負うものが、今までずっと崇めてきた神像の破壊よりもなお重いものだと気付いてしまったから。



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