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雨の太陽の章、三(中編)

「ラサイア様は、もうあたしのことなんていらないの」
 リーシャは、フィーダルと並んで本館への道を歩きながら呟いた。
「忌人は誰にも必要とされないの。代わりなんて、いくらでもいるから。ラサイア様が今まであたしを側に置いてたのが不思議なくらいだったのよ、あたしは忌人なんだから。どこにも行けないし、誰にも受け入れてもらえない。知ってたはずなのに、忘れてたの。ラサイア様が優しいから、忘れてたの。あたしはラサイア様のお役に立ててるんだって、錯覚してた。ラサイア様はあたしのことを哀れんでただけなのに。あたしだけがラサイア様の傍にいるんだって勘違いしてた」
 そんなわけはないだろう。ラサイアはあんなにもリーシャを思っているのに。
 無言でリーシャの手を引くフィーダルが、その手に力を込めた。それに反応するようにリーシャは立ち止まり、茂みの枝をつかんで叫んだ。
「――ラサイア様と一緒にいたいよ! 忌人でもいいから、ラサイア様と離れたくないの……嫌だよ、ラサイア様がいなきゃ嫌……! あたしは忌人だけど……ラサイア様はあたしをかわいそうに思ってただけかもしれないけど……でも離れたくないよ」
 滂沱たる涙を溢れさせて、リーシャは目を閉じた。ラサイアは優しかった。どんなときでも優しかった。優しかったのは、ラサイアだけだった。たとえそれが誰にでも向けられる優しさだったとしても、リーシャを慈しんでくれたのはラサイアだけだった。人の中でさらに孤独な、呪われた人間――それが忌人。自由のない暗闇の中で過ごす人生を定められた忌人。しかし、リーシャの今までにはラサイアという光が射していた。どんなに深い穴に突き落とされても、それは決して届かなくなることなく、いつもリーシャを包んでいた。
「でも、忌人は神殿に拒否される」
 フィーダルは、今まで幾度となく通り過ぎた雨の神殿を思い出しながらささやいた。不浄なもの、不浄と信じるものを決して受け入れることはない、閉鎖された「神域」。神殿を汚した者、人を殺めた者の血を拒み、弾き、それでいて平等を訴える神の御許の人々。
 一度堕落した者は、二度と導いてはもらえないのだ。そして暗闇の中で生きるしかない。神は正しい者を、それも一度も間違えたことのない者を天に上げる。無数に存在する罪びとは省みられることもなく永劫の苦しみを背負って生きる。
「だから、お嬢様は俺達にリーシャを託したんだろう? おまえの大切な人がお嬢様だけだって言うなら、お嬢様がいなくなったこの屋敷はおまえにとってつらいものだから。だから、おまえの母親のことを知ってる親父におまえを託そうとしたんだ」
「そんなこと、分かってる! ラサイア様は神殿で幸せになれる、そこにあたしはついていけない、それは分かってる。アイザルさん達があたしに優しくしてくれるだろうとも思う、けど……」
「そうだよ、俺も親父もおまえが好きだ」
 示されている選択肢の中で最も楽になれるのは、フィーダルと、傭兵達と行くことなのだと理解できる。ラサイアと一緒にはいられないという事実を受け入れるだけで、リーシャはおそらく幸せになれる。いつかは分からないが、きっと忘れることができる。子供のころに優しくしてくれた、美しい女性のことを。
「おまえ、傭兵に生まれたかったって言ったろ? どうしてだめなんだよ、俺達と一緒に来られないのか? どうして……」
「あたしにも分からないよ! そんな、こと……楽になってもいいって分かってるよ、苦しまなくてもいいって……でも言ったでしょう、苦しんでもいいからラサイア様といたいって」
 まるで恋情にも似た慕情。
 ずっとリーシャの中で、外で、大きな存在だった……ラサイア。離れたくない、と思う。このままずっと忌人として蔑まれたままでも、ラサイアと居られればいい。
――しかしそれが同時に逃げなのだと、リーシャは知っている。
 外の世界を知るのは怖い。蔑まれながらもラサイアに庇われて過ごしていた屋敷での日々を捨てるのが怖い。中途半端なままでも、傷つきながら幸せを求めるよりも今のままがいい。
 ずっとラサイアと居たい――ラサイアに、庇われていたいのだ。
 それに気づき、リーシャはより一層苦悩に顔をゆがめた。自分のこの考えは、ラサイアの迷惑になるだけだ。今までずっと、ラサイアの世話をしてきたつもりだったが、それは違う。ラサイアの負担になり、ラサイアに庇われ、常に護られてきた。
――自分は、ラサイアの負担になるだけだ。
 ラサイアがただ、それを疎んじただけなのだとは信じたくない。リーシャの成長、そして自立のために彼女を放り出そうとしているのだと……そう、思いたい。
「ごめんなさい……」
 リーシャが絞り出した言葉に、フィーダルは静かに耳を傾けた。
「ごめんなさい……ラサイア様ぁ……」
「……どうして謝るんだ?」
「どうしてって……」
「泣いてるだけじゃだめだろう、早く決断しなきゃいけないんじゃないか? 俺達と一緒に来ないのか? 親父のことを父親だと思えばいいし……俺は、リーシャの……」
 フィーダルの言葉を遮り、リーシャは青年の手を思い切り振り払った。
「フィドはあたしのお義兄さんだよ、でも忌人じゃない! 急に、もうラサイア様と一緒にはいられないって言われて……勝手なこと言わないでよ、放っておいて! フィドは忌人じゃないの、あたしのことなんか分からない! 関係ないでしょう、放っておいて……!」
 怒気を爆発させて走り去ったリーシャに、残されたフィーダルは片手で顔を覆うと呟いた。
「勝手なのはおまえだろう……俺、は……」


 長い歩道と館に入ってからの長い廊下を走り抜けて、リーシャはラサイアの部屋の隣にある自室へ帰っていった。誰ともすれ違わなかったのが幸いだった。荒い足音を立てて走っているところが見つかったら叱られてしまうし、涙を見られるのは絶対に嫌だった。
 涙腺は壊れ、絶え間なく涙が溢れる。屋敷にはあと何人かの忌人がいるらしいが、リーシャは自分以外の忌人と顔をあわせたことがない。会う人は皆リーシャのことを汚れた、呪われた娘だと言って忌避していた。フィーダルに語ったとおり、リーシャのことを気にかけていてくれたのはラサイアだけだった。
 自分は何をしたいのか。あるいは、何をすればいいのか。それが分からない。考えがまとまらず、視界には雑然とした糸屑のような文字が映る。涙で視界が定まらないのだと気づいても、部屋にたどり着いていったん声を上げてしまっては泣くことをやめられるわけがない。
 自分の存在がラサイアの負担に……不利になる、といいうことは分かっている。自分にとっても、いつまでもラサイアだけに頼っているのはよくないことだと知っている。しかし、それでもいいからラサイアの傍にいたい。
 ただ――ラサイアはリーシャと離れなければならないことを承知の上で、神殿に入ることを了承したのだから、もうリーシャはラサイアにとって必要のない存在なのかもしれない。
「忌人なんて嫌……」
 リーシャは薄い上掛けを握り締めて頬に流れた涙を拭き取った。
「あたしは何も悪くない……」
 忌人に生まれてきたのは自分のせいではない。
 何も悪くない。なのにどうしてこんなにも差別されなければならない?
「悪くない、のに……」
 誰も助けてはくれなかった。渇きにも大雨にも常に救いの手を差し伸べるはずのトラリフーシャも、忌人を気にかけようとはしなかった。
 神などいなかった。ラサイアだけだった……そのはずだった。
 リーシャにとって、ラサイアこそが神だったなどと言うつもりはない。しかし、ラサイアが唯一の存在であることは疑いようのない事実だ。
 ラサイアと離れて、自分は生きていけるのか。
 フィーダルやアイザルに、ラサイアを失った穴を埋めてもらうことは出来るのか。
「忌人である」という行動基準を失って、何をすればいいのか。何が出来るのか。
 分からない。
 束縛されているのを嫌うくせに、自由になったときにどう行動すればいいのか、自分で考えることもできない。
 だから、ラサイアの傍に居たいのだ。何も考えなくても、ラサイアの指示に従っていれば幸せを感じることが出来る。そしてある程度の自由がある。そんな、中途半端な状態がとても気持ちよかった。
 情けなくて――自分が情けなくて、リーシャは寝台に顔を埋めて泣き続けた。
 泣いても泣いても、今まで過ごしてきた時間は変えられない。自分がすべて投げ出していた月日。やり直すことは出来ない。
 こんな無為な時間を過ごしてきて、それでもラサイアの役に立っていたと錯覚していたなんて。

 夕食時、よろよろとした足取りで自分の部屋から出てきたリーシャは、やはり憔悴しきった顔をしていた。きっと、ラサイアに見放されたと思っただろう。とんでもない……見放されたのはラサイアのほうだ。おそらく、幸運や神といったものに。リーシャをずっと護っていられる力があればよかった。仮定は尽きることがない。たとえば、もしも彼女に兄か弟がいたら? 自分は唯一の後継ぎ――商人としては出来損ないの後継ぎと言われることなく、もう少し自由な暮らしをすることが出来ただろう。嫁に出すことも出来ない娘だからといって、神殿に入れられることもなかったかもしれない。
 仮定の無意味さは、誰よりもよくラサイアが知っているものではあったのだが。
「ラサイア様……食堂に」
 細い、細い声をかけてきたリーシャに、ラサイアはゆっくりと振り向くと首を傾げた。リーシャの身体を気遣って休ませておくべきか、心を思いやって連れていくべきか。どちらが、彼女にとって、またリーシャにとって良いのだろう?
「送ってくれるの?」
「いえ……ラサイア様がそう仰るなら……」
 ややうつむいてリーシャが囁く。ラサイアは浮かせた腰を落として足を組みなおした。
「……食堂には、行かない」
「ラサイア様」
 自分は、リーシャに「寂しくなったらいつでもおいで」と言ってあげることが出来ない。食堂や、礼拝堂や……神殿や。リーシャの出入り不可能な場所は、いくらでもある。
 そして気づいた。リーシャは、ラサイアがそういった場所にいるときはいつでも寂しかったのだと。怯えて、いたのだと。
「ごめん、リーシャ……」
 都合のいいときだけリーシャに甘えて、彼女の全てを引き受けることなど出来ないのに気まぐれに優しさを与えた。リーシャを護っているだなんてとんでもなかった。
「ごめん、リーシャ……」
「どうして……ラサイア様は謝るんですか」
 軽い鋼色の頭を振って、リーシャが呟いた。
「ラサイア様はいつだって優しかった。あたしはラサイア様の側に居られて幸せだった。ラサイア様が謝ることなんて何にもないし……あたしの、ほうが」
 赤く腫れた目で、リーシャはさらに泣き出す。
「あたしのほうが、ラサイア様にご迷惑をかけてばっかりで! ラサイア様の役に立ってるって思ってたのに、あたしはラサイア様の負担になってて……皆、あたしがお側に仕えてるからお嬢様は評判を落すんだって言ってる。あたしなんかに同情しなければ、ラサイア様はもっと幸せだったはずなのに」
「どうして!? 何言ってるの?」
 ラサイアは、背の低い、痩せた身体を見下ろして叫んだ。リーシャは何も悪くない。顔も知らない両親の罪を負わされて、生まれたときから自由もなく黙々と人に奉仕して。忌人でありながら屋敷で一番高貴な女性に仕えるリーシャの評判が悪いことはラサイアも知っている。
 しかし忌人のどこがいけない? 彼らは何の罪を犯した? リーシャは? 忌まれ、蔑まれるような何かをしたというのだろうか? 何故、祖が罪人だったというだけで社会的な自由を奪われて生きなければならない……?
「リーシャは何もしてない。悪いことはしてない。私が嫁にも行かずに暮らしてるのは私がそれを望んだからだし、私はリーシャ以外の人間を私の領域に踏み込ませる気はない。私はもう、忌人が罪深い存在ではないということを知っている。リーシャの側にいることを恥じるつもりはない。リーシャも私に仕えているのを誇りに思って欲しい。迷惑だなんて、負担だなんて、そんなことはない。私がどれだけリーシャに助けられてきたか……知らない人間に、軽々しく口にされたくない。何も知らない人間の言葉なんて信じなくていい。私はリーシャを疎んじてなどいないよ。それを信じていて欲しい」
「分かってます! あたしはラサイア様が大好きだし、ラサイア様にも好かれてるっていう自信がずっとありました。でも、ラサイア様はお屋敷の他の人の言葉を無視して生きることなんて出来ないはずです。外聞を気にしないでいることなんて出来ないはずです。あたしは間違いなくラサイア様にとって悪い存在だ。あたしが罪を犯したか、そんなことは周りの人にとってはどうでもいいことなんです。ただ、あたしが忌人って呼ばれてるだけで……それだけで、ラサイア様は――――」
「リーシャ!」
 反射的にラサイアの手が宙に上がり――リーシャを弾き飛ばす一歩手前で踏みとどまった。今動揺し、傷ついているリーシャを、これ以上刺激してはいけないのだ。ただ、ラサイアがリーシャを愛していると、その気持ちを伝えていればいい。
「どうして分からないの、もうそんなことはどうでもいい! 私はリーシャに幸せになって欲しい。いつか、忌人と主人としてではなく、対等な関係で会えるように。私は神殿に入る、でもリーシャを捨てたわけじゃない。あの頭の固い神殿の連中に、忌人の権利を認めさせるために行くんじゃないか! リーシャは、いったん自由になりなさい、そして私に会いに来て。お願いだから分かって、こうするのが一番いいってこと。フィーダルはリーシャの義兄だし、アイザル殿もきっとリーシャをかわいがってくれる。私はリーシャの家族にはなれなかった……だから、それを変わりにやってもらおうとしてるんだから」
「――本当は……家族なんていらないんです……!」
 リーシャがそっとラサイアの机に手をついた。ずっと昔、子供の頃から側にいた。誰が否定しても、ラサイアはリーシャの家族になりたかった。母を亡くして以来、家族といえばあの忙しい父だけ、父は自分を利用しようとしている。リーシャの、どんなときでも明るさを失わない笑顔がどんなに安らぎになったことだろう。
「……そうだよ、私はリーシャが大好きだ……」
――一番リーシャと離れたくないのは私なんだからね。
 ラサイアの言葉に、リーシャは一層激しく声を上げて泣いた。
 いつしかそれはラサイアにも伝染し、止まることなく流れ続けた。


 翌日、ラサイアは再びリーシャに言った。傭兵達のところで遊んでおいで、と。
 まるで幼児を相手にしているような言葉に、リーシャは頬を膨らませた。
「なんですか、それ。あたし、別にフィドのところに遊びに行ってるわけじゃありません」
「まあ……それはそうだけど。でも彼らもどうせ私の出発までは仕事がないんだし、リーシャの面倒を見るくらいのことはしてくれてもいいかと思って――」
「あたしはそんな子供じゃありませんよ? どうしてフィドに面倒見てもらわないといけないんですか」
 リーシャはむしろ女手の足りない傭兵団の家事手伝いをしに行っていたつもりだった。フィーダルをはじめとした傭兵達の不精、そしてアイザルの、ラサイアにも似た集中し過ぎの性格。そんな彼らをどうにか生活させているのが、リーシャなのだ。それなのに「面倒を見てもらっている」とは、あまりにもひどい。
「ごめん。だってリーシャ、本当に楽しそうだから。それに、構ってくれるのはフィーダルだけじゃないでしょう?」
「えー……それは……最初に知り合ったのがフィドだし、一番暇そうだし……」
 リーシャは細い指を折りながらぶつぶつと呟いた。
「それに……あたしの、義兄さんだし……」
「あ……そうか、彼はアイザル殿の息子なんだ」
「そうです。ラサイア様……あの、あたしのお母さんの髪の毛……」
 思い出したようにリーシャが問い掛けると、ラサイアは顎の下に手をやって少しの間考え込み、低い声で言った。
「そもそも、リーシャはなぜここに引き取られたのかすら知らない、そうでしょう? リーシャの母上は私の母に仕えていた侍女で……私が生まれる前にアイザル殿と結婚してフィーダルを産んだ。その後、アイザル殿とは縁を切ってリーシャの父親との間にリーシャを授かった……そしてすぐ、罪を犯して殺された。もう、十数年も前の話だから、私が知っているのもここまでで――あの髪の毛は、母が持っていたものなのかどうか……」
 リーシャが生まれた頃、ラサイアはまだ物心もついていない赤子だった。その頃のことを知らないのも無理はないし、彼女の父がそのようなことを積極的にラサイアに聞かせるとは思えない。
「髪の毛だけは、無理を言って父上から頂いた。アイザル殿はリーシャのことを気にしていたし、母の遺したものの中にアイザル殿の名前があったから」
 ラサイアは軽やかに立ち上がり、リーシャの手を引いて扉をくぐる。
「ほら、リーシャ、行ってらっしゃい」
「ラサイア様! どうしてですか、あたしがここにいたらいけないわけでもあるんですか?」
 昨日の涙を繰り返しそうな感情に、ラサイアはそっと首を振った。
「リーシャには、荷造りをしてもらえないんだ。神殿は、忌人の触れた荷物を受け入れてくれないかもしれないから。だから台所から一人、人に来てもらってる。その子とは、顔をあわせないほうがいいと思うから」
 確かに、忌人でない、ラサイアでない人間と接するのは……怖い。もう慣れたはずの侮蔑の表情、しかしおそろしい。忌人と自由民の間にくっきりと引かれた線が、リーシャの視界を奪う。
「すみません、お役に立てなくて――」
「リーシャのせいじゃない。私こそ、リーシャを弾くような真似をしたと思う。でも気を悪くしないで欲しい」
「もちろんです!」
 リーシャ以外の人間に荷造りを任せるのがラサイアの本意でないことは分かっている。ラサイアは、自分を信頼してくれている。大好きだと言ってくれている。
 わがままを言ってはいけないのだと、分かっている。
「分かりました……じゃあ、アイザルさん達のところに行ってきます」
 リーシャはラサイアに向かって頭を下げ、ひんやりとした空気の溜まる廊下を歩き出した。

「ユマ!」
 そろそろラサイアに呼ばれている時間だ、と立ち上がったユマの背中に、荒れた女性の手がかけられた。
「……あ、サノアさん、どうしたんですか? 休み時間?」
 サノアと呼ばれた、ユマの母親くらいの年齢の女性は、生来の浅黒さを通り越して日に焼けた顔に笑みを乗せた。
「うん、休み時間。ユマ、お嬢様のところで働くことになったんですって?」
「違います、ちょっとの間、用事を仰せつかっただけで」
「ふうん、でも、ラサイア様とお会いするんでしょう?」
「ええ、少し」
 サノアはふくよかな顔でにっこりと微笑み、ユマに言った。
「私も、連れていってくれない? ラサイア様のお顔を見るだけでいいの、お願い」
「サノアさん!」
 ラサイアは忌人の少女以外の人間を側に寄せ付けない変わり者で有名な少女だ。いきなりサノアを連れて行きなどしたら、ユマがラサイアに失望されてしまうかもしれない。
 しかし、かといってサノアの頼みを無下に断ることも出来ない。サノアはまだ屋敷に入って日が浅いが、要領がよく台所頭にも頼りにされている。ユマも、何度サノアに世話になったか分からない。
「え……じゃあ、一応ついてきてください。お嬢様がどう仰るかは分かりませんけど」
「ありがとう」
 サノアは少女のように無邪気な顔で微笑んだ。いつもながら、屈託のない人だ。
 サノアの腕に無数の切り傷があること、そして彼女が懐に女性用の懐剣よりもはるかに大きな刃物を隠し持っていることなど、ユマは知らなかった。



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