サイト案内>螺旋機構>「太陽の迎え子」目次 / 前頁>次頁
土の太陽の章、二 |
『……どこまで歩くんだ? これじゃあシスの足がもたない』 森の奥からシスの集落まで、単純に森を突っ切るのではなく迂回を続けるディスタに、ハイネはうんざりと声を上げた。自分が、人間の前に姿を現せない異形だからだと言うことは分かっていたが、シスの膝はがくがくと笑い、顔色も悪い。 ハイネはシスの左手とつながった右手に力を込めてシスを引き寄せた。訝って立ち止まるシスに背中を見せて、 『シス、乗って。そうしたほうが速い』 『だって、そうしたらハイネさんが大変……』 『大丈夫だよ、異形っていうのは、森の中にいさえすれば疲れを溜めることはない。今は集落に戻ることの方が先決だし――』 なおも遠慮を見せるシスに、ディスタが軽い調子で言った。 『こいつが疲れたら、俺が代わるからさ』 自分の体力を疑われたようで不快を覚えるハイネだったが、二人で交代しながら行く方が効率がいいことは分かっていた。ディスタだって旅に慣れているのだろうし、先天的に強靭な身体を持っているハイネと比べても決して劣りはしないはずだ。 『そうだよ、私達は大丈夫だから。シスはまだ小さいし、歩くのにも慣れてない』 『シスが遅いからってうろうろ森を彷徨ってたら、人間にこいつが見つかる。そうなってもいいのか?』 ディスタの言葉に、シスは顔をゆがめてうなずいた。自分は足手まといなのだと、分かっている。ハイネとディスタは、ついさっき出会ったばかりのはずなのに、自分だけが邪魔者のようだ。お互いを深く信頼し、危険な状況の中でも協力してシスを庇うだけの力がある。ハイネはまだディスタが人間であることをわずかに警戒しているようだが、ディスタの方はハイネの異形の姿など気にもとめていない。森の中でしっくりと馴染む対の存在は、種族など関係ないと言いたげに進んでいく。 『分かった……』 シスはおそるおそるハイネの背中にしがみついた。 本当に大丈夫だろうか――と思ったのも束の間、ハイネの背中は少女のものとは思えないほどに――もちろん、飛びぬけて逞しいというわけではなかったが――頼り甲斐があり、シスの重みなど何でもないようなぬくもりを伝えてくる。 おかしな気持ちだ。母親よりも、父親よりも、ハイネやディスタのほうが信頼できるような気がする。隣人を殺した母親、異形を狩る集落の人間達。シスは彼らが恐ろしくてたまらなかった。 ――お母さん、どうしたの? ……その血は、どうした……の……―― ――シス、あんたのためよ!―― 母が甲高い叫び声を上げる。 ――あんな獣の男を集落に住まわせておいたら、きっと害になるもの―― ――お兄さんを殺したの!?―― 血に塗れた母の姿に、シスは母の手を振り払った。まだあたたかい、紅の血液に濡れた両腕。 優しかった、異形の青年の。 シスに優しかった、青年の。 ――どうして! お兄さんを殺しちゃったの? 嫌だ、あっちに行って! お母さんなんか嫌いよ、嫌、血が……!―― 小さな家の扉から母の軌跡を辿って点々と続く丸い血の痕。 シスはそれを反対に辿るようにして外へ走り出た。母が生温かい血を拭うこともせずに娘を追う。 ――嫌! 来ないで、お母さん、来ないで!!―― 幽鬼のようにシスを追ってくる母親を拒み、シスは駆け続けた。 ――シス、シス、待って。嫌、シス、行かないで!!―― 母が声を振り絞るのも無視して、シスは通りを走り抜けた。血を滴らせながら走る母の姿に、隣人達が目を見張る。 隣人。 母が殺した異形の青年も、隣人だったのに。 村外れまで来て、シスはようやく一息つくことができた。母の姿は見えない。静かで冷たい風が吹き抜ける、切り立った崖だ。シスも、ここには来たことがなかった。枯れた木が数本だけ生えている、寂しい光景だ。シスの知り合いの中でも、ここを訪れたことのある人間はいない。 ――シス!―― 母の呼び声に、シスは怯えたように振り返った。 ――お母さん―― ――シス、どうしてこんなところにいるの。危ないわ、帰りましょう―― 乾いた血のこびりついた手を差し出され、シスは悲鳴を上げた。 ――嫌! 帰らないわ! お母さんのところになんか帰らない、近寄らないで!―― 返り血に濡れた髪の毛からわずかにのぞく、二つの落ち窪んだ目を見て、シスは言った。 ……否、言ってしまった。 ――来ないで! 来ないで! 人殺し!!―― ――……人殺し?―― 母はゆっくりと首を傾げ、次の瞬間ぞっとするような歪んだ笑みを浮かべた。 ――シス、何を言っているのよ。異形は人間ではないわ―― ――違う、そうじゃない! お兄さんも、人間だわ!―― ――やめなさい、シス! あなたはあの化け物に騙されているのよ―― 陳腐な言葉に、シスは頬をゆがめて泣き出した。 ――違うわ、お兄さんは人間だもの―― 娘が首を振り続けるのを見て、母は……自分こそが化け物のような形相で、叫んだ。 ――シス、おまえも化け物の仲間なのね!―― 母が爪を振りたててシスの腕を掴んだ。異形の巨人のように、鋭い爪を持っているわけでもない母の指は、シスの肌を抉り傷つける。 ――おまえなんか、私の娘じゃない!―― ――私だって、人殺しの娘じゃないわ!―― 母が強い力でシスを突き飛ばす。 よろめき、再び立ち上がったシスは、渾身の力で母に体当たりした。 しっかりと目を閉じたシスの耳に、高い悲鳴が尾を引く。 シスはよろよろと目を開いた。 ……母が、いない。 ――お母さん!?―― シスの呼びかけにも、誰も答えない。 シスは崖から下を覗き込んだ。何も見えない。しかし、確信できた。 自分が、母を突き落としたのだと。 ――嫌……―― 彼女の腕には傷が残っている。母親が、血塗れの腕で遺した傷。 ――お母さん―― シスが再び集落へ戻る。 ふらふらとした足取りで歩くシスに、誰も声をかけようとはしない。 そのまま、崖とは反対の方向に位置する森へと、シスは入っていった。すっかり力を使い果たした顔で、憔悴しきった表情で。 木の幹に倒れこみ、そのままシスは声を放って泣いていた。自分は、もうこんなに大声で泣くほど子供ではないのに。それなのに、涙が止まらない。これが母親を亡くしたときの正常な反応なのだとは分かっている。 しかし、自分を受け入れることができなかった。 シスは一晩をその木の根元で過ごし、そして翌朝見つけたのだ。 まるで昨日の光景を再現するかのように森の奥へ続く、血の痕を。 『……たしが……こ……』 いつの間にか目を閉じて眠っていたシスの小さな声に、ハイネが首をひねって振り向いた。ディスタがシスに顔を近づけ、次の言葉を聞き取ろうとする。 すると、ディスタの目の前でシスが目を開いた。 『私がころ……』 ディスタが眉を寄せて続きをうながした。シスは怯えたように目の覚めた表情で、 『嫌だ!』 シスの身体がハイネの背中から転げ落ちた。シスは落ちたときに打ったのか肩をおさえながら、差し出されたハイネの手を振り払う。 『シス……どうしたの』 『私が殺したの!』 殺した。 穏やかでない言葉に、ハイネが屈んで尋ねた。 『どういうこと……?』 恐慌状態に陥ったシスが、暗褐色の目を見開いたまま凍りつかせ、うわごとのように繰り返した。 『私がお母さんを殺したの、そうよ、お母さんはもういないんじゃない。私が殺したのよ、集落になんか戻れない。皆……私のことを責める』 『落ち着けよ』 厳しいとも言えるディスタの言葉に、ハイネはシスの代わりとばかりに反論した。 『ディスタ、あまりシスを興奮させるようなことを言うな』 『落ち着けって言っただけだろ! ただ母親を殺したって繰り返されてもこっちは困る』 『この状況で落ち着けって言う方が間違ってる! シスは今まで忘れてたんだよ、母親を殺したってことを。認めたくなくて! それを急に思い出したんだ、そっとしておいた方がいい』 『でも、説明は必要だろ? 集落に戻れないって言われても、シスだけ置いてくわけにはいかない』 『それはそうだけど……』 ハイネはくすんだ――ずっと、森の中ですごしていたというのも原因の一つである――金の頭をかき回し、もう一度シスを覗き込んだ。 『シス、お母さんを殺したってどういうこと?』 『……お母さんがお兄さんを殺して――私を追いかけてきたの、それで崖のところでお母さんを……私が、突き飛ばしたのよ! お母さんのこと人殺しって言ったのに! 私のほうが……人殺しじゃない……』 あのとき、シスは確かに母親を蔑んでいた。 隣人を、異形の姿をしていても確かにシス達の隣人である青年を、殺したと。 しかし今の現実はどうだ? 彼女は人殺しどころではない。母殺しだ。 『戻りたくない! このままここにいるわ。戻れないのよ、どうやって顔をあわせればいいの? 私はお母さんを殺したのよ?』 『シス……』 『ハイネさんもそう思うでしょう、私はお母さんを殺したの』 『母殺しは重罪だって言いたいの?』 『そうよ』 ハイネが視線を落とし、一呼吸置いて話し出した。 『……だったら妻殺しはどうなる? 私の家に人間を引き入れて母を裏切ったあの男は? ……今の世、穢れない人間なんてどこにもいない。罪を負わない人間なんてどこにいる? 私だって、人を傷つけた。自分が生き残るために傷つけた。いちいち覚えていられないくらいに、覚えていたら自分が壊れてしまうくらいに。シスみたいに、罪悪感を持って苦しめるのはまだ幸せだ。私はもう、人を傷つけるのに躊躇いなんて覚えない。無意識のうちに、剣をふるっているかもしれない。シスは、お母さんの言うとおりにしていてもまだ生き延びていられた? そうでないのなら、私は人を殺したシスに対して何の感情も持たない。シスがまだ母親を愛しているなら悪いけれど、見たこともないシスの母親よりも私にとってはシスが大事だ。お母さんを殺さないとシスが生き延びられなかったというのなら、シスの選択は間違っていなかった』 長い、暗い言葉に、シスは異形の痛みを訴えられたような気がした。ハイネは彼女のもとに辿り着くまでに、様々な人間と出遭ったのだろう。そして、傷つけられてきた。異形だからという、ただそれだけのことで。 人間は皆ハイネの敵だった。同族ももはや残っていない。 たった一人で、少女が、生き残ろうとしたならば。心を殺し、自分以外の命に価値を置かないようにしなければならないのだ。 『ハイネさん、その……私、一人でも大丈夫なの。お母さんを殺したことなら、大丈夫なのよ。でもハイネさんやディスタさんに嫌われたくなかったの。人殺しだって言われたくなかったのよ……』 『どうせ、ディスタだって後ろ暗いことの一つや二つあるに決まってる』 『……決め付けるなよ!』 『決まってる』 真面目な顔で繰り返したハイネに、シスが頬を緩めた。その様子に、肩を落としていたディスタがうっすらと微笑む。 ハイネの顔にも笑みが広がり、彼女は再びシスを背中に乗せた。 『ハイネ、交代だろ』 『……え?』 ディスタの言葉に、ハイネは不思議そうに声を上げた。 『もう、交代してもいい頃じゃないか? 疲れてるだろ』 『……そうかな……?』 ハイネは一度シスを地に下ろし、肩や腕をぐるぐると回した。 『そうだよ、ほら、交代だ、交代!』 ディスタがシスを抱え上げる。背中ではない、両腕でシスの身体を支え、彼女の身体を肩に乗せたのだ。 シスの子供らしい笑い声に、ディスタがハイネを――身長差が大きいというわけではないが――見下ろした。 まるで勝ち誇ったような表情だ。しかし、ハイネは負けたと思った。力はとにかく、少女の肩幅ではシスを乗せることはできない。 それから、まるで先刻の雰囲気が嘘のような穏やかな道中を過ごし、三人はシスの集落――ハイネの祖父が待つという場所に到着した。 ディスタはまず、シスを連れて集落に入っていった。もちろん人目は避けるようにして。白昼堂々ハイネを連れて歩くのには抵抗がある。ハイネは集落の外、森の入り口にひそんで夜を待つのだ。 『ハイネさんのお祖父さんは、宿屋に泊まってるんでしょう?』 シスは集落に一つしかない宿を指してディスタに問い掛けた。ディスタが大きくうなずくのを見て、彼の肩から降りて歩き出す。このままでは、目だってしょうがない。 『宿屋のご主人も……ハイネさんを見たら、きっと殺そうとするわ』 『用心しないとな。いっそ爺さんを連れてまた森に行くか……』 『でも、あんまり長い時間森にいても見つかっちゃうでしょう?』 『灯台もと暗しって言うしな。まあ、とりあえず今のところは夜になったらハイネを迎えに行くっていう予定だ』 シスはディスタの影に隠れるようにしてうなずいた。数日前彼女と母親が通りを走りぬけるのを見た者はたくさんいる。母親の姿が見えないことを問われたら答えられない。 宿は、集落の中心からほんの少し逸れたところにある、二階建ての建物だ。集落を訪れる者などわずかだが、食堂もあり、一軒しかないだけあってそこそこの賑わいを見せている。 『シス、顔伏せてな』 ディスタが囁くのにあわせて、シスが視線を落とした。宿屋の入り口、ディスタが誰もいないことを確認して階段を駆け上がる。 『……爺さん!』 『ディスタ?』 ハイネの祖父だという老人は、痩せた身体を低い寝台に横たえていた。もともと高齢のうえに、一連の異形虐待で娘や孫と生き別れたのだから無理もない。 『爺さん、大丈夫か? 悪い、今はまだ明るいから無理だけどさ、夜になったらハイネを連れてくるからよ』 『……そこの、小さな……』 『私? お爺さん、私ですか? シスです、ここに住んでる』 老人は問い掛けるようにディスタを見つめた。 この少女が信頼できるかどうか、知りたいのだろう。 『シスは、森でハイネをかくまってた子だよ』 『そうか……お嬢さん、ハイネが世話になった――』 『えっ、あの、私も……ハイネさんに助けてもらったんです。だから……』 シスが呟いて寝台の横の椅子を引き寄せた。彼女にもう戻るべき家はない。父も狂ってしまった。母は死んでしまった。祖父にも祖母にも、会ったことはない。 彼女が老人に好意を寄せ、懐くのも自然なことだった。まして、それがハイネの実の祖父ならば。 『ハイネは、どうしている? 近頃会っていない。わしが異形と結婚したばかりに生まれた、哀れな混血児だ』 『……お爺さんは、悪くないです。ハイネさんは、自分が異形であることを哀しんでるんじゃありません。人間が異形を弾圧するようになったことを哀しんでるんです。ハイネさんはとても優しいし、綺麗だし、異形ではない人達よりもずっと立派です』 『……ありがとう、賢いお嬢さん』 『賢くなんか、ないです……』 老人の言葉に、シスが顔を曇らせて首を振った。賢かったら、いつでも冷静な判断を下すことができたら、自分は母親を殺したりはしなかった。 『シス、爺さんを頼む』 ディスタがそう言って、身軽に部屋を出て行く。 『どうしたの?』 『夜になってから外出すると、怪しまれる。夜になったら、ハイネを連れて帰ってくるから』 軽くシスと老人を振り返り、ディスタは風のように消えていった。旅慣れた青年の、重みのない去り方。 シスはそれを見つめて、老人に話し掛けた。 『ディスタさんって、普段何をしてる人なんですか?』 『自分では、ただの旅人だと言っていた』 老人が言いながら身体を起こそうとするのへシスは手を貸し、 『でも、とてもいい人ですよね。お爺さんは、どうしてディスタさんと一緒にいるんですか?』 『……たまたま、だな。妻――ハイネの祖母を人間に殺されて、家も焼かれ、マスリー――ハイネの母親とハイネを探しているところで、ディスタと会った。まったく、危険な賭けだったよ。人間は、誰を信じればいいのかさっぱり分からなかったからな。婿殿ですら、マスリーを裏切って人間の味方をしよった。ディスタに言ったんじゃよ、男と見込んで話がある、とな。ディスタはわしの期待を裏切らなかった』 異形への嫌悪や侮蔑を表すこともなく、彼の娘と孫の探索を手伝ってくれた。あてもなく歩き回り、やっと、この集落でハイネを見つけたのだ。 その点では、ハイネが人間に見つかり、逃げ回るようになったのは都合がよかった。集落は騒然とし、旅人のことを省みる余裕などなくなっている。異形の娘も見つけ出し易くなっていた。 『たまたま……。私も、たまたまです。ハイネさんを見つけたのは。森に行ったら、血の痕が続いていて……結局、見つかっちゃったけど……』 『お嬢さんが気にすることではない』 『私……もう家には帰れないんです』 俯いて言ったシスの言葉に、老人は何も問い返さなかった。 シスの沈黙だけ、ただ、静かに受け止めて、いた。 ハイネは、待つのが嫌いだ。慣れていないし、慣れようとも思わない。ただ、黙し、静かに思うだけ。今ならば、母のことを。抱えた冷たい亡骸のことを。 しかし、それもいつまで覚えていられるのか。記憶はいつか色褪せるものだと知っている。心はいつか変わるものだと知っている。 信じてはいけないのだと知っている。本当は、誰も。 母が何と言おうと、人間は信頼できないのだと、自分を護りたければそう思うしかない。それなのに、シスも、ディスタも、切り捨てることができないのだ。会ったばかりのディスタにも、心を許してしまえるのはどうしてだろう? そんな考え方が嫌になることもある。ハイネに人間への不信を植付けた者達を恨むこともある。 自分はこんなに後ろ向きな考えの持ち主だっただろうか。 『……ハイネ! 待たせた』 『ディスタ。随分早い』 『夜になってから外出すると、怪しまれる。夜もまだここの奴らが活動するのか分からなかったし……』 『そうか……』 ハイネはそっと大木の根にもたれていた。腕を組んで、浅い眠りの態勢に入る。森の奥に逃げ込んでからも、シスの身を気遣ってろくに眠っていなかったのだ。どうせなら集落に入ってから眠ればいいのにとディスタは思ったが、ハイネからしてみればそれどころではない。 しかし、やはり寝つけないのか、ハイネが目を閉じたまま言った。 『異形に会ったことはあるか?』 『異形? おまえだろ』 『私以外の異形。それに、私は純粋な異形の巨人ではない。祖母が、生粋の異形だった』 『じゃあ、見たことない。でも、もともと、俺は異形が見たくて旅に出たんだ』 『異形が見たくて?』 これはまたおかしな奴だ。と、ハイネは目を見開いた。 ディスタと目が合う。緑の瞳。まるく、少し幼い感じだ。顔立ちは鋭く整えられているので気づかないが、目だけを見るとまるで少年のような男だ。 『ああ、俺の生まれたところは、世界がおかしくなる前からかなり異形を嫌ってたところで。異形なんて見たことない奴が殆どだったし、俺も見たことなかった。それで旅に出たら、途端に異形に対する虐待が始まっただろ。でも、俺は一度だけ、異形の……声を聞いたことがある。俺は家の中にいたんだけど、集落の男と駆け落ちした異形が殴られてるところだった』 『どうして――』 『男が、集落の長の息子だったからだと思うな。一度は二人で集落を出たんだけど、すぐに連れ戻された』 『そういうの、差別って言うんだと思う』 『俺も思う。でも、そういうところだったんだよ。俺も、あの声を聞かなかったら、おまえみたいな異形を虐げてたかもしれない』 ハイネは顔をしかめた。それはあまり嬉しくない事態だ。 『……夜までさ』 ディスタがぽつりと提案する。 『打ち合い、しないか? 持ってるだろ、剣』 『私と? ディスタが? いいよ。私素人だけどいいの?』 『当たり前だろ。俺だって職業剣士じゃないんだから』 固い金属音がして、ディスタの腕に軽い痺れが走る。さすがに、蛇の巨人の力は強い。異形はすべからく人形の巨人よりも強い力を持っているという。 ハイネの腕前は、彼から見れば素人どころではない。もちろん、特別巧いというわけではなかったが、それでも充分実戦で通用するだろう。 そして――ハイネは、速い。細く軽い、少女の身体。それを存分に生かして踏み込む。避けると同時に繰り出された攻撃を、ディスタは避けることができないというのに。 『ハイネ……っ、おまえ充分強いじゃないか』 『そう?』 不思議そうに首を傾げながらも、ハイネは身軽に飛びのいてディスタの剣を逸らした。 力で押そうにも、ハイネは少女と思えない腕力でディスタを圧倒する。 しばらく無心で剣を操っていたディスタは、瞬間、突然身体を沈めた。 屈んだまま横に移動し、ハイネの側面を狙う。 ――――その瞬間に、大地が鳴動した。 ハイネの足がぐらりと傾く。それはディスタも同様だったが――彼の剣は、わずかにハイネの脇腹を切り裂いていた。 『痛……っ……あ』 『悪い、ハイネ、ハイネ、大丈夫か?』 もんどりうって倒れたハイネを引きずり、ディスタは開けた土地を求めて歩き回った。ここにいては危ない。 『お祖父さんと……シスは』 『どうにかなるだろ』 答えながらも、ディスタは一抹の不安を胸に抱え込んでいた。 異邦人と、母殺しの娘だ。果たして、集落の人間は二人を助けてくれるのか。 是とうなずききれない自分に嫌気がさして、ディスタは大きな溜息をついた。 再び、ハイネの脇腹から滴った血が地面に零れ、点々と痕がつく。 集落に戻ったハイネとディスタが見たものは、宿の一室で無惨な姿をさらした老人とシス、そして凶暴な光を目に浮かべた大きな肉食獣の姿だった。 |
サイト案内>螺旋機構>「太陽の迎え子」目次 / 前頁>次頁
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||