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雨の太陽の章、二

 リーシャの主は、書物に没頭すると食堂に行くことさえ渋るようになる。父に買い与えられた高価な書物はラサイアが最も好むものであり、自分の健康よりも大切なものなのだ。
 そのラサイアを机から引き剥がして食堂へ連れて行くのが、リーシャの大事な役割だった。
「ラサイア様、行きましょう。旦那様がお待ちです。お昼も何も食べられなかったでしょう?」
「人は一日くらい食物を摂らなくても、死にはしない」
「そういう問題じゃありません! 食事を規則正しく摂らないと、身体に悪いです。さあ、ラサイア様」
 リーシャはラサイアの手からずっしりと重い書物を取り上げ、灯りを吹き消した。真っ暗な中でラサイアは渋々立ち上がり、夜でも明るい廊下へ出る。
「リーシャ、それはあのリーシャと仲のいい傭兵に聞いたの?」
「仲のいい……?」
「そうだよ。あのアイザル殿の息子だ」
「別に、仲がいいってわけじゃ……ありません、けど」
 フィーダルはあれからもよくリーシャを訪ねてくる。しかし、彼らはやがて屋敷を去るのだ。リーシャは主の許しがなければここを出ることは出来ない。フィーダルもまた、契約を終えればここには二度と戻ってこない。そして、他の人間に雇われて仕事をするのだ。
 フィーダルもそれを知っているから、必要以上にリーシャを詮索することはないし、ふざけた世間話以外は何もしていかなかった。
「そう? それにしては随分頻繁に会っているようだけど」
「そうでしょうか……?」
 リーシャが真面目な顔で首を傾げる。
 彼女は、自分が忌人であるという意識を常に頭の中に抱えて生きている。生まれたときから当たり前だった身分。それに甘んじているというわけではないが、自分に許されていることは何なのかを見極め、その一線を踏み越えようとはしない。
「傍から見ていると、そうだね。とても仲がいいように見える。でも、誤解を招きたくないのならほどほどにしておいた方がいい。彼はいずれここを去る」
「それは分かってます。そんなに深入りしているつもりはありません」
「それなら、いい」
「ありがとうございます、ラサイア様」
 リーシャが丁寧に頭を下げたのを見て、ラサイアは苦笑した。
「当たり前のことだ、私にとっては。傭兵の男にリーシャを取られてしまうわけにはいかないのだし」
「そういうわけじゃ、ありません」
 リーシャが首を振るのに合わせて、ラサイアがそっと暗闇を見つめた。
 父の言を受け入れれば、リーシャを見捨てることになる。神殿に忌人を入れるわけにはいかない。それは絶対の規則だ。人の世の富では解決することの出来ない、神聖な領域。いくら落ちぶれたとはいえ、神殿はまだまだ伝統と慣習で人々の畏敬を集める古い勢力だった。
 最後まで、リーシャを守らなければいけないのに。
 溜息をついたラサイアの肩を、リーシャは軽く叩いた。ラサイアが顔を上げるのを待って重い食堂の扉を開ける。ラサイアが食堂に消えたのを確認し、リーシャがふうっと息をついた。
 この先には、彼女は立ち入りを許されていない。給仕係の少女達が、リーシャを見て忍び笑いを漏らすのが分かった。忌人でありながらラサイアの側近くにいるリーシャが、食堂――ささいな日常でのラサイアの姿を知らないのが小気味いいのだろう。
 そんなときが、一番悔しい。
 自分が忌人として生まれたのはただの偶然だと――リーシャ自身には何の罪もないのだと、分からせてやりたい。
 リーシャは元来感情の激しく、熱しやすい性格の持ち主だ。しかし、それをラサイアや他の人間の前で見せることは滅多にない。彼女にいつも食事をさせてくれる、耳の遠い老婆の小屋でだけ、彼女は思う存分悪態をつき、怒鳴り散らす。
 その老婆のところに行こうと身を翻したリーシャだったが、わずかに早く耳慣れたやや低い声がした。
「リーシャ、私のことは待たなくていい。先に寝ていて」
「ラサイア様! ……そんなこと出来ません。お待ちしています」
 リーシャが主人であるラサイアが帰ってきてもいないのに先に床に入るなど、ありえない話だ。そう言ってリーシャは固く首を横に振るが、ラサイアが厳しい顔で言った。
「だめ。先に寝ていなさい。私は遅くなる」
「それくらい、たいしたことではありません」
「睡眠時間をきちんととらないと、明日に影響するよ」
「ラサイア様だって同じです」
「身体によくない」
 笑顔で返され、リーシャは顔をしかめた。先ほどの自分の言葉と同じだ。
「……分かりました。先に休ませて頂きます」
 再びラサイアが食堂に入ったのを見て、リーシャはよろよろと歩き始めた。


 フィーダルは傭兵団の仲間と共に簡素な食事を摂りながら、父アイザルに尋ねた。
「俺達は、ここの旦那様に何を申し付かったんだ?」
「さあな」
「さあなじゃねえよ、知ってるんだろ?」
「団長と、俺はな。息子だからといって軽々しく教えることは出来ない」
「そうかよ」
 不貞腐れて碗に視線を戻したフィーダルは、そのまま質素ではあるがたっぷりと用意された夕食をかきこんだ。
 そんな彼の耳に、枯れた老婆の声が届く。
「今、傭兵達が食事中でな……おまえさん、お嬢様のお帰りが遅いというならもう少し後にしたらどうだい?」
「あの人達が食事してるの? ここで? いつも? 知らなかった。あたしも混ぜてもらっちゃだめ?」
「それはおまえさんの自由じゃが……」
 まだまだ幼い、少女の声だ。聞き覚えのある高い声に、フィーダルは立ち上がって炊事場へ向かった。
「……リーシャ!」
「ああ、フィド。やっぱりいたんだ。今ご飯食べてるんでしょう? あたしもそっちに行っていい?」
「おまえが構わないんなら来いよ。婆さん、こいつの分もあるんだろう?」
 フィーダルは老婆の手から盆を取り上げてリーシャに手渡し、彼女の後ろから傭兵達が丸くなって座る部屋へ戻った。小柄な少女を伴って帰ってきたフィーダルに、仲間達から口々に冷やかしの声が飛ぶ。
「フィド、その娘初日に話してた子だろう」
「もうそんな関係だったのか? 今日はお父さんに紹介?」
「――――馬鹿。リーシャ、こっち来い」
 リーシャはフィーダルの後を恐々とついて行き、そして男達の円の一角に辿り着いた。そこには髭の濃い優しげな男性が腰を下ろしていた。傭兵とも思えない、落ち着いた雰囲気の老成した人だ。
「お嬢さん、ここに座るといい。私はアイザル、これの父親だ」
 アイザルは一瞬リーシャを凝視して、何事もなかったかのようにうっすらと微笑んだ。リーシャの身体がアイザルとフィーダルの間に押し込まれ、フィーダルは食事を再開している。リーシャも気を取り直して盆を前に置くと皿を手にとった。
「フィドのお父さん……? あの、傭兵団で一番頭のいい人?」
「……まあ、私が参謀役を務めてはいるが。そうすると、君はあのお嬢様の側仕えの……」
「リーシャです」
 アイザルはリーシャの短い髪の毛を見つめ、息を吐いた。光を弾く鋼の髪の毛。何か言おうと思って口を開きかけたリーシャは、次に続くアイザルの言葉に目を見開いた。
「綺麗な鋼色だね」
 アイザルの深い声が、自分の髪の毛を賞賛している。
 そう思うと、たまらなく嬉しくて、リーシャは俯いて食器を握りしめた。
 短い髪の毛を見て忌人を蔑む人間はいても、始めに彼女の髪を褒める人間は初めてだった。
「ありがとうございます」
 やっとのことでそれだけを言うと、フィーダルが大きくうなずいて、
「親父の言うとおりだな。いい色じゃないか」
「おまえ、今まで言ったことがなかったのか?」
「どういうことだよ」
「そんなんだから、その年になって女の一人もいないんだ」
「そんなのどうだっていいだろ」
 余裕たっぷりの表情で息子に言ったアイザルに、フィーダルが睨み返す。
「どういうことですか?」
「女性に対して気の利いたことが言えないから、いつまでたっても女の子に振り向いてもらえないってことだよ」
「そうですか……」
 ぼうっとした声音で呟いたリーシャに、フィーダルは黒々とした少女の目を覗き込んだ。
「なんか元気ないな」
「そう? うん……?」
「まあ、どんどん食え」
 フィーダルは空になったリーシャの皿に温かな湯気を立てた料理を乗せた。ぼうっとしていながらも、食欲はあるらしい。
「ありがと。アイザルさん、ラサイア様に会ったんでしょう?」
「お嬢様か? ああ、会った。とても聡明な方だな」
「そうでしょう!」
 リーシャが目を輝かせて首を力いっぱい振った。ラサイアに仕えていなかったら、彼女は忌人という身分の重さに負けて絶望していたかもしれない。それほどに、ラサイアは大切な主だ。優しく美しい、忌人という言葉に惑わされずにリーシャ自身を見てくれる、賢い女性。
「そうだな。ほら、食べなさい。育ち盛りなんだから」
「今のうちに食べないと、発育不良で嫁に行けないぞ」
「フィド、その話は――」
 主の許しなくして結婚することが出来ない身分を気遣い、アイザルが厳しく言った。フィーダルははっと気づいたように眉を寄せて、
「悪い、リーシャ。ごめん、本当にごめん」
「別にいいの。結婚したからって幸せになれるわけじゃないし、忌人じゃなくなるわけでもないし。身請けしてくれるほどお金のある人なら別だけど」
 本当ならば、フィーダルがリーシャを引き取ってやれればいいのだ。なぜかリーシャは他人のような気がしなかったし、明るくかわいらしい少女だ。
 しかし、一介の若い傭兵にそれだけの財力があるはずもなかった。


 ラサイアがまだ、年相応の無邪気さを失っていなかった頃の話だ。
 彼女はリーシャを連れて屋敷の中で遊びまわっていた。建物中の部屋へ潜り込み、庭の隅から隅までを散策し、ラサイアとリーシャが知らない場所はなかった。滅多に人の訪れない、二人だけの場所もたくさん見つけた。リーシャ以外の人間などいらなかった。
 しかし――そんなある日、彼女はリーシャが執事に叱られているところを目撃した。礼拝堂、香草園、聖餐所、食堂。忌人であるリーシャが立ち入りを許されていない場所は多い。彼女はそのすべてに、ラサイアに連れられて入りこんでいたのだ。それを咎められている――自分のせいでリーシャが叱られていると知ったとき、ラサイアは足元の床が音も立てずに地に沈んでいくのを感じた。
 リーシャの主は自分である、という意識は、幼いながらラサイアの頭の中に根付いていた。リーシャのとった行動の責任は、主である自分が負わなくてはならないということも知っていた。しかし、ラサイアも何も知らなかったのだ。
 だからといってラサイアが責任を放棄していいということにはならない。大人達が彼女に何も言わなかったのは事実だが、リーシャを彼女にとって立ち入り禁止の場所に誘ったのはラサイアだ。もしかしたら、リーシャは知っていたのかもしれない。自分が礼拝堂や聖餐所に入ってはいけないのだと、知っていたのかもしれない。それでも、彼女はラサイアの命に従ってラサイアの後につき従ってきた。非は明らかにラサイアにある。
 ラサイアは物陰から出て行き、執事からリーシャを守るように立ちはだかった。
――リーシャは何も悪くない。リーシャを礼拝堂に誘ったのは私だから。おまえ達は、リーシャが私の命に従わなくてもリーシャを叱ったのでしょう? 悪いのは私だよ、おまえ達は間違っている――
 初老の男は困り果てた様子で、
――しかしお嬢様、忌人が礼拝堂や香草園に入ったとなると……年越しの日のような清めを行わなくてはなりません。今は旦那様もいらっしゃいませんし、人手が――
 ラサイアは幼い少女とは思えない貫禄で執事に対して悠然と微笑み返した。
――毎年やっているあれ? あれなら私にも出来る。私とリーシャでやるのでいいでしょう――
――お嬢様!――
 執事が顔を青くして叫んだ。子供だったラサイアは、面白いわ、とリーシャに向かって微笑んだ。
 その執事が父に解雇され、都屈指の大商人の信頼を失ったために次の仕事も見つからず、崖から飛び降りて自殺したということを知ったのは、彼女の前に新しい執事の老人が現れたときだった。
 そのときからだろうか、リーシャや使用人達に対して負い目を感じるようになったのは。
 リーシャ以外の人間を側に置くことを怖がるようになったのは。


「ラサイア様がね、先に寝てろって仰るの。……あたしがラサイア様より早く休むなんて、あっちゃいけないことなのにね。フィドは眠くないの?」
「俺はまだまだ大丈夫だよ。いつもはもっと遅い。見張りで真夜中から夜明けまで起きてることもある」
「すごいね。あたしちゃんと寝ないとすぐに気分悪くなっちゃうから……」
 リーシャが目をこすりながら言うと、フィーダルが声を上げて笑った。些細な行動が笑いを誘う少女だ。短い間に、随分仲良くなった。いつか傭兵団がこの屋敷を離れるときを思うとぞっとするが、二人ともそんなことは考えに入れていない。無意識のうちに、考えることを拒否しているのだ。
「そういうのガキって言うんだよ」
「ガキ? 嫌だなあ、それ。あたし、ほら、それなりに辛酸舐めたってやつだよ?」
「……そうかもしれないな」
 忌人という重い事実は忘れることが出来ない。リーシャの両親は殺人者だと聞いている。血に染まった両手で生まれた娘を抱いたのだろうか。そのときに、リーシャの身体が穢れたのだろうか。
 しかし、そんなものは迷信だ。そういったことに関しては、旅から旅の暮らしを続ける傭兵達が一番詳しい。罪人から生まれた子供は穢れているというのは、悪質な迷信に過ぎない。
 青い花が植えられた遊歩道は月に照らされている。フィーダルはリーシャをラサイアが管理する棟まで送っていく途中で唐突に気づいた。
 リーシャの鋼色の髪の毛。これは、月の色でもあるのだ。
 銀でもなく白でもなく。ただ硬い鋼の色。
 フィーダルは衝動的に短い髪の毛を撫でた。色の硬さに反して、さらさらと柔らかい肩までの髪の毛。少女にしては極端に短い、忌人の証だ。
「フィドは背が高いね……」
「何?」
 リーシャの言葉の意図がつかめず面食らったフィーダルに、リーシャはあくまでも微笑みながら言った。
「傭兵には女でもなれるんでしょう? あたしも、もっと力があったら傭兵になったのに。こんな……こんな、い……忌人なんかじゃ、なかったらよかった……! こんなの嫌なのに、……フィドについて行きたいよ、あたしも傭兵になりたかった……」
 いつもいつも、忌人だということ、両親が犯罪人だということに押し潰されそうになって。それでもラサイアの好意に甘えて、中途半端に屋敷で暮らしていた。
 それが、傭兵という見たこともなかった種類の人間に会って、一気に噴出して来たような気がする。自由になりたいという、押さえ込んできた欲望。ずっと外を見たかったという本音が、リーシャを突き破って飛び出してしまいそうだ。
「リーシャ、あ……その……」
 リーシャは傭兵の誰かに――フィーダルに、身請けしてもらいたいという下心を持って泣き出したのではない。真実、張り詰めた心が裂け、本音が溢れ出してきたのだ。
 フィーダルも、できることならばリーシャを自由にしてやりたい。リーシャを仲間に加えたい。しかし、それを軽々しく約束するほどの力は彼にはない。
 自分が好いた少女の身柄は自分自身の力で引き取るというのが傭兵の中の掟だ。彼も、アイザルに頼むわけにはいかない、自分で、何とかするしかないのだ。
「リーシャ……」
「ラサイア様は優しいけど。身分なんて関係ない方だけど、でもね、もう限界だよ、ここにいたらいつか耐えられなくなる、絶対に誰か――誰か傷つける。それが……ラサイア様かもしれないって思うから、だからあたしはここにいちゃいけないの」
 リーシャは涙を拭いてフィーダルを振り返った。
 いつもながら、不思議な少女だ。驚くほど立ち直りが早いし、前向きだ。吐き出すだけ吐き出したら、後は自分で立ち直れるのかもしれない。
「ごめんね、馬鹿な愚痴聞かせちゃって。また明日ね。ありがとう。フィド」
 月を背に立って、夜空に馴染む黒い瞳で笑うリーシャは、フィーダルが感動するほど澄んでかわいらしかった。


 アイザルは手に持っていた杯をおろし、疲れたように何事か呟いて立ち上がった。老婆が、そっと彼を手招きしたためだ。
「何の用でしょう……お嬢様」
 狭い台所に立っているラサイアを見て、アイザルが驚きの声を上げる。
「リーシャなら息子がお送りして行きましたよ」
「そのことはいいんだ、息子さんにお礼を言っておいて。ありがとう。それよりも、あなたに話がある」
「なんでしょう?」
 ラサイアはがたがたと足の長さの揃っていない台所の椅子に座り、アイザルを見上げた。力のある、鋭い瞳だ。
「――リーシャを、引き取って欲しい。このままここにいても、リーシャは幸せにはなれない。あなたも聞いたはずだ、私が神殿へ入ることを」
 アイザルは眉一つ動かさずに、
「……それはお聞きしましたが……なぜ、私なのです? リーシャを好いているのは私ではない、息子です。傭兵の慣習から言えば、リーシャの身柄を引き取るのはフィーダルのはずです」
「そんなもの、私には関係ない。私は主として――主としての、最後の役目として、一番頼れる人にリーシャを引き取ってもらえるように頭を下げに来た」
 ラサイアはそう言って立ち上がり、実際に頭を下げて見せた。
 リーシャのためになら、傭兵にでも頭を下げることのできる素直な女性だ。
「それはあなたが間違っています。ことリーシャに関して、一番頼れるのはフィーダルだ。それに、それはまだリーシャには聞かせていないのでしょう? 一番最初に、リーシャに話して聞かせるべきだとは思いませんか」
「そうも、思う。でも、言いたくない。ぎりぎりまで、いえない気がするんだ。リーシャには……」
 ラサイアがトラリフ―シャの神殿に入ると聞いたとき、リーシャはどんな顔をするだろう。幼い頃、礼拝堂への立ち入りを拒まれたときのことを思い出すかもしれない。きっと傷ついた、つらい表情を見せるだろう。そう思うと、言えない。
「……リーシャの両親は、人を殺したと聞きましたが」
「――それが、どうしました? リーシャが最も罪に近い忌人だから、引き取れないとでも言う?」
「そうではありません。ただ、知りたいだけですよ」
「好奇心だけで与えられる答ではないはずです」
 ラサイアが目を細めると、アイザルは肩をすくめて、
「そうですね。では、フィーダルに話しておきます。私は何も判断しませんよ、あいつの心一つだ。それでよろしいですか?」
「あなたの息子なら、嫌だとは言わないでしょう?」
「おそらく」
「だったら、それでよろしく頼みます。リーシャは……幸せにならないといけない。私に仕えることは、リーシャにとって楽しいことばかりではなかったのだから」
 本当は、リーシャを手放したくはない。こんな、この間屋敷に来たばかりの傭兵になど渡したくない。ずっとずっと側にいた少女なのだ。
 しかし、彼らのところにいたほうが、リーシャは幸せになれる。屋敷を出たほうがリーシャは自由だ。
 そう思うと、これ以上リーシャを束縛しておくことは出来なかった。神殿に連れて行けないのにいつまでもここに置いていても、リーシャにとって居心地が悪くなるだけなのだから。
 リーシャは常にラサイアの傍らにいた、手足のような存在だった。
 神殿へ向かって旅立つことに一番不安を覚えているのは、ラサイアなのかもしれない。



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